七話 宣告して、しばしの沈黙が漂った。 やがて観念したようにローレライは重々しく告げる。 『なぜ分かった』 「俺は時空系の術を使うのが得意なんだ。時空の歪みくらいすぐに気づく。なんだここは。今、ひどく不安定に揺らいでいる」 ナルトは最初から小さく違和感を感じていた。 だが、ほんの小さいものだったから、偶発的なものか何かだと気にしていなかった。 しかしどんどんその違和感は大きくなり、今ではきっぱりそれは異常であると断言できるほどまでの歪みになったのである。 「お前から最初受けた説明は、大まかにはここが異世界であること、俺との契約、助けて欲しいルークとやらの子についてのことだったな。 こんな歪みについては聞いていない。お前は確か時間と空間も司っているんだろう?なぜだ?」 ナルトは身の内に僅かに殺気を向ける。 自称意識集合体、実体のないそれは、ナルトの中で焔のように揺らめいた。 『……我はとんでもない者を異界から呼び寄せたのかもしれんな』 「後悔しても遅い。教えろ」 またしばらくの時間が空く。 ナルトが無言の催促をかけると、ローレライは話し始めた。 『確かに、この世界は歪んでいるだろう。我は一度時間を戻した』 「……なんだって?」 さすがのナルトも驚いて、思わず聞き返す。 『一度この世界はND2020……今から八年ほどさきまで暦を進めた。しかしそこには我が望んだ世界は無く、我はやり直しするために、時間を戻したのだ』 ナルトはそれを脳内でゆっくりと飲み込み、そして理解した。 「むちゃくちゃだ……誰かの一存で世界の時間を巻き戻すなんて」 『だが、我はそれを為した』 「何のために」 『我の愛し子、ルークを救うためだ』 ナルトは大きく息を吐き、それから宙を睨みつけて体内に声を向けた。 「とても面倒なことになりそうだが……聞くから最初から話してくれ」 とても長い話になると言ったローレライに、ナルトはなるべく要点をまとめるように言った。 話は創世記時代、二千年前にまでさかのぼった。 ローレライの誕生、聖女ユリアとの邂逅、預言、大地の限界、戦争、ユリアの遺言、未来へ希望を託す計画、全ての決着が二千年後の時代へ託されたこと。 ローレライと最も同調できる子どもの誕生、パッセージリングの限界、大地の崩落、再びの世界戦争、惑星預言の終焉、預言の可能性。 そして一度世界は時を刻んだ。 レプリカという、預言を変える可能性を持った人種たちと共に。 そのレプリカでありながら、ローレライと最も同調できる存在として生まれた“ルーク”。 その子どもが、可能性から道を切り拓き、預言による終焉を回避したこと。 そして、そのためにたった七歳という幼い命で死んでしまったこと。 『我にとってレプリカたちは、特にあの子はとても愛しい存在だった。だが、あの子は戦いの末、死、消滅を余儀なくされた。我にはそれが許せなかった……』 だから時間を巻き戻した。 今度こそ、その子どもが幸せになる可能性を信じ。 子どもと同じように、可能性の未知性を信じて。 そして、何かあの子の助けになるものはないかと、次元を超えて。 「俺に接触した。そして、俺たちの介入により、事象が変えられて時空が歪んだ。そういうことだな?」 無言の肯定。 ナルトは小さく舌打ちした。 大勢のために捧げられた小さな子ども。 自分と、重ねてしまった。 九尾、九奈を宿したがゆえに、赤子のころから里の憎しみを一身に受けて育った自分。 世界を守るために、生贄同然に死んだ幼子。 ぎり、とナルトは手を握り締める。 「それで、全部か」 『ああ。この世界で、一度刻まれた歴史は全てだ』 少しして、ナルトは青空を見上げた。 「三代目、イタチ、カカシ、アスマ、チョウジ……すまない、少しの間、待っていてくれ」 ナルトが告げた言葉に、ローレライは怪訝な感情を感じさせた。 「少しの間手伝ってやる。その子、“ルーク・フォン・ファブレ”は俺が守る」 ローレライはナルトの宣言にとても嬉しそうな声を返した。 そのための協力は惜しむな、というナルトにも快諾する。 『ナル……同情か?』 次に身の内に響いた声は九奈のものだった。 ナルトはゆっくり首を振った。 「よくは分からない。だが、嫌だと思った。大勢の者のために、犠牲になる子どもが居るなんて」 ダアトに戻る道を歩きながら、ナルトは続けた。 「そんなのは、俺だけで十分なんだ」 里人の行き場のない怒り。 それを自分が受けるのは一向に構わない。 だが、他の誰かがそのような扱いを受けるのは、ただ、嫌だと思った。 こんな考え方をしたらまた怒られるだろうかとナルトは小さく笑う。 何より大事な仲間達に。 「さて、そうと決まれば本腰入れて動かないとな」 “ルーク”が生まれるまであと数ヶ月。 それまでにできることもすることもすべきことも山ほどある。 やらなければならない。 預言から、死から、ルークを守るために。 とん、とナルトは軽く地面を蹴って。 姿を消した。