一話


ルークは走っていた。

そこそこに鍛えられた体でも、息が乱れ始めるほど、急いで。

途中すれ違うメイドたちに適当に挨拶しながら、中庭へと急いだ。

そしてそこに立っていた人物に、飛びつく。

「コウ先生!お待たせしました!」

「ルーク様、危ないですよ」

“コウ”は苦笑しながらルークをはがす。

それでもルークはにこにこと笑った。

「コウ先生の稽古が、待ちきれなくって!」

満面の笑みを見せるルークに、“コウ”も笑う。

「ありがとうございます」

それからルークはひょい、と“コウ”から離れると持っていた木刀を構えた。

「それじゃ先生、お願いします!」

「はい」

“コウ”も持っていた木刀を構える。

「てやあああ!」

向かってきたルークを、“コウ”は軽くいなす。

弾かれて、それでもルークは再び向かって行った。


三十分ほど打ち合った後、ルークは座り込んだ。

「ちっくしょー。今日も先生に一本も入れられなかった……」

「打った後の隙が大きいです。力加減を調節して、隙を小さくするように心がけて下さい」

「はい!」

不満そうにしていたルークは、“コウ”のアドバイスを受けて、元気よく返事をする。

それから立ち上がって。

「ありがとうございました!」

礼をした。

“コウ”も頭を下げて礼をする。

「お疲れ様でした、ルーク様」

「先生、この後どうするんですか?」

ルークが“コウ”に駆け寄る。

“コウ”は少し考えるようにしたあと、口を開いた。

「公爵様に少々お休みを頂きましたから、ケセドニアの知り合いの元を訪れようかと思っています」

「えーっ!先生、出かけてしまうんですか!?」

しょぼん、とルークは目に見えて落ち込んだ。

宥めるように“コウ”はルークの頭を撫でる。

「ええ。すみません。少し空けます。今日の昼過ぎには立つ予定ですが……鍛錬と勉学は怠ってはいけませんよ」

ルークは悲しそうな顔をしたが、すぐに何かを閃いたように顔を上げた。

「じゃあ、昼ご飯、ご一緒しませんか?」

「いいですよ」

その返事にルークはとても嬉しそうな顔をして。

「やった!誰か!今日は先生と一緒に昼飯取るって厨房に伝えてくれ!」

ルークは近くにいたメイドにそう命じると、“コウ”の手を引いて食堂に向かった。


名残惜しそうに見送るルークに別れを告げ、“コウ”はファブレ家を出た。

町を出て、人気が無い草原に出た頃、“コウ”は跡形も無く消えた。

「誰かいるか?」

ひょい、と顔をのぞかせると、すぐに返事が返ってきた。

「あ、ナルトだーっ!」

「ナル!?」

ばたばたと足音がしたあと、すぐに驚いたような声が上がった。

「元気だったか、フローリアン。久しぶりだな、いの」

駆け寄ってきたフローリアンの頭を撫でながら、顔を見せたいのに挨拶する。

「どうしたの、何かあったの?」

「いや、顔を見せに来ただけだ。三日ほど休暇を貰ったからな。こっちはどうだ?何か変わったことはあったか」

心配したいのを安心させてから、ナルトは尋ねる。

いのはんー、としばらく考えてから、首を振った。

「印話で伝えていること以上の目新しいことはないわね」

「そうか、まあ何も無くて何よりだが……そろそろそうも行かないだろうな」

いのがゆっくりと一度頷く。

「例の時は、近いわね」

「ああ、その時のために今まで色々裏回しを重ねてきた。上手くいくといいが」

「ナルとシカの考えだもの。絶対に上手くいくわ!」

ナルトの背をいのがバンバンと叩く。

ナルトは苦笑して、背を撫でた。

そして、不意にその顔を強張らせる。

それに気づいて、いのも顔を険しくした。

「どうしたの?」

「屋敷においてきた“影”が……」

『すまない、しくじった!ルーク様が誘拐された!』

いのは一気に空気が冷え込むのを感じた。

フローリアンががたがたと震えている。

「フローリアン、イオンのところへ行って」

この場から逃げるように促すと、フローリアンは猛スピードで走り去った。

「ルーク様が誘拐された。屋敷に侵入された賊に」

「ええ!?」

いのが驚いた声を上げる。

影とはいえ、ナルトが、煌(コウ)がいたのだ。

そんな失敗を犯すなんて考えられなかった。

「擬似超振動……油断したな。いの、俺はすぐに戻る。お前は……」

「言われなくてもわかってるわよ。シカとヒナには伝えておくわ。それに、私も行方を捜してみる」

「頼む」

それだけ言って、ナルトは姿を消した。

「いの……」

「どうしたんです?」

イオンを連れて来たフローリアンが恐る恐る声をかけてくる。

いのはなるべく空気を和ませるように笑った。

「大丈夫、ちょっと予測外のことが起きただけ。ナルがいるんだもの。すぐに解決するわ」

二人がとりあえず安心した表情を浮かべる。

「私はちょっと出かけてくるわ。大人しくしていてね」

そしていのは変化して外に出る。

砂漠特有の強い日光の中で、いのは苦々しく笑った。


「さーて、忙しくなるわね……」