二話


名前を呼ばれた気がして、ルークは目を覚ました。

視界が真っ暗なのに驚き、慌てて起き上がって辺りを見回す。

「へ、え!?」

近くには白い光を淡く放っている花がある。

その花と月の光を光源にして、ルークは状況を確認した。

区切られていない空、遠くには海だろうと思えるものが見える。

横には谷のような切り立ったがけ、そしてそばに――女性が倒れている。

「えーと……」

何がなんだか訳が分からず、ルークは記憶を掘り起こした。

コウを見送って、稽古の復習をするために中庭に行った。

前からちょくちょく屋敷に来ているヴァンという人に会った。

そうしたら、綺麗な歌声が聞こえて……。

「ああっ!」

ルークは思わず声を上げる。

思い出した。

襲い掛かってきて、思わず木刀を構えて、そして視界が真っ白になったこと。

ぐるぐるとルークが思考していると、近くから声が上がった。

「ん……」

(どうしよう、誘拐犯が起きる!)

慌てたルークは、とりあえず近くの岩の陰に隠れる。

どきどきとしながら、様子を見守った。

女性はきょろきょろと辺りを見回した後、少し考えてから歩いていった。

(夜は動かない方がいいんじゃねえかな……)

とりあえず女性の姿が全く見えなくなってから、顔を出す。

近くに強い魔物の気配は無いが、武器は練習用の木刀しかない。

「先生〜、俺、どうしよう……」

泣き言を言ってはみたが、屋敷にもいなかったコウに届くはずは無い。

コウなら何でも出来る気はするが、とりあえずそれは置いておいて。

(こんなとき、どうしたらいいって先生言ってたっけ)

ルークは必死に頭をめぐらせる。

『もし迷子や誘拐にあったら、とにかく状況確認に努めてください。近くに危険な人がいたら、無茶をしない程度で離れること。

無茶な場合は、少しでも状況が改善するように努力を』

『状況確認って、具体的になんですか?』

『たとえば、危険な人の数や強さ、自分の居場所、時間帯、自分の体調などですね』

思い出してルークは頷く。

「数、一人、強さ、多分そんなに強くない、居場所……ここ、どこだ?」

改めて辺りを見回す。

当然だが全く見覚えが無い。

そもそもキムラスカにはこれほど緑に満ちた場所は――。

そこでルークははたと思考を止める。

キムラスカにはそれほど緑は無く、むしろ荒野などが多い。

ということは。

「ここ、マルクト!?」

(やばいやばいやばい!敵国だ!見つかったら捕まるか、最悪殺される……!)

サー、と一気にルークの顔から血の気が引く。

(どうしよう、どうしよう)

ルークは混乱して、頭が真っ白になった。

『不測の事態が起きても混乱してはいけませんよ。施政者は常に堂々としていなければなりません。

まずは落ち着いてください。そして考えてください。これから自分はどうすればいいのか』

そこでコウの言葉を思い出し、深呼吸して自分を落ち着かせようと試みる。

まだ心臓はうるさかったが、とにかく少し頭は冷えた。

「どうすればいいか……帰んなきゃいけないよな。どうすれば帰れる?マルクトとバチカルは陸続きじゃないから、船だな。

ケセドニアの駐在所を目指すか、カイツールを目指すか……近い方がいいよな。でも、ここってマルクトのどこなんだ?」

場所を特定する材料が無い。

だが人気のないここでずっとじっとしていても、見つけてもらえないかもしれない。

幸い魔物は弱いようだ。

「とにかく、朝を待とう、そうしよう!」

白い花の花畑の真ん中で、ルークはそう決めて、いつでも戦えるように木刀を持って、朝を待った。


日が昇り始めて空が白み始めた頃、ルークは立ち上がって体を伸ばした。

「よし、明るくなった!まずはこの谷を抜けないとな」

川は海から来ているようだから、川に沿っていけば抜けれるだろうと当たりをつける。

なんとか魔物をさばきながら歩いていると、大分開けた場所に出た。

「……谷は抜けたけど、どこだよ、ここ」

やはり場所を特定できなかった。

ひたすらだだっ広い草原に、辿ってきた川がちらちらと流れていく。

ルークはしばらく考えた後、何となくで北に向かって歩くことにした。

しばらく行くと、大きな橋が見えた。

初めて橋を見たルークは少し興奮しながら橋を渡る。

渡りきってから、足を止めた。

「……こんな大きな橋って、そうそうないよな?何か手がかりになるかも……マルクトにある、大きな橋、大きな橋……」

コウに見せてもらった地図を思い出す。

マルクトにある大きな橋。

「ローテルロー橋だ!」

現在地がわかってルークは思わず歓声を上げる。

そして改めて、ローテルロー橋の、地図上の位置を思い出した。

「ってことは、ケセドニア逆方向じゃん!……カイツールは遠いから、やっぱりケセドニアに行こう」

そう思って、ルークが橋を渡ろうとした時、遠くから音がした。

「ん?」

振り向くと、遠くに何か大きなものが見える。

だんだんと見え始めたその輪郭に、思わずルークは叫んだ。

「マ、マルクトの軍艦!?やばい、ここにいると轢かれる!」

ルークは全速力で軍艦の進行範囲から逃げ出して、近くの茂みに飛び込んだ。

軍艦、つまりマルクト軍。

見つかったら大変かもしれない。

しばらく見ていると、軍艦が一台の場所を追いかけている。

そして馬車がローテルロー橋を越えた途端に橋が落ちていく。

それを確認した軍艦は、元来た道を引き返していった。

音が聞こえなくなったのを確認して、ルークは顔を出す。

「どうしよう……」


完璧に落ちたローテルロー橋の目の前で、ルークは途方にくれた。