三話


ローテルロー橋を渡れなくなり、とぼとぼとルークは歩く。

こうなった以上、カイツールに向かうしかない。

そこまでの長い旅を想像して、ルークは気落ちした。

とにかく近くの村、エンゲーブで休もうと歩き出す。

「はあぁぁぁ……」

ため息は止められなかった。


エンゲーブに着く頃には日が落ちていて、とにかく休もうとルークは宿に向かう。

ポケットに入っていた小物を換金し、その中から宿代を払った。

部屋に向かう途中、どん、と誰かにぶつかる。

「あ、悪い」

「こちらこそすみません」

ルークがぶつかった相手を見ると、ルークよりやや背の小さい緑色の髪をした子どもだった。

「イオン様、お怪我は?」

「大丈夫です」

その子どもの後ろに控えていた人物が、その子どもを気遣うように尋ねている。

ルークはどこかで聞いた名前に、首をかしげた。

「イオン……?」

そして、改めてルークを見た人物は、その途端に固まってしまった。

「ケイ、どうしました?」

導師の言葉も耳に入らず、“ケイ”は固まったままだった。

そして、わなわなと震えて。

「ル、ルーク様……!!」

指を差すとまではいかないが、明らかに驚いていた。

ルークは自分の素性を知っているらしい人物に、思わず身を固める。

“ケイ”はしばらく深呼吸していたかと思うと、すぐに跪いた。

「御前申し訳ありません、イオン様、ルーク様」

「ケイ、どうしたのですか?」

「イオン様、ルーク様の容姿をよくご確認ください」

“ケイ”にそういわれた子ども、イオンは、ルークに向き直った。

しばらくその姿を観察していたかと思うと、あ、と声を上げる。

「キムラスカ王家のお方……?」

ルークがどうしようかと迷っていると、“ケイ”がイオンに耳打ちした。

イオンはそれに頷き、ルークに軽く礼をする。

「初めまして、ルーク・フォン・ファブレ公爵子息様。私はローレライ教団の導師、イオンと申します」

それを見て、ルークも慌てて礼をした。

「丁寧な挨拶痛み入る。私は確かにルーク・フォン・ファブレ。お初お目にかかります、導師イオン」

(そうだ、イオンって先生から教えて貰った、今の導師の名前だ!)

疑問は解決されたが、状況は解決されていない。

どうして導師がマルクトにいるのかとか、自分がここにいる理由を尋ねられるのかなどルークが考えていると、

イオンが顔を上げてにっこりと笑った。

「少々お時間をいただけますか?」

話をしないか、ということだ。

ルークはまだ若干混乱気味だったが、とりあえず導師ならマルクト軍に捕まるよりはいいだろうと、承諾した。


なぜか導師は普通の一般宿を取っていた。

宿の中でも高級な部屋などを取っていると思っていたルークは拍子抜けする。

「ケイ、アニスは?」

「隣の部屋で眠っています」

その言葉に、イオンは軽くため息をついた後、ルークに座るよう促した。

「そう緊張なさらなくてもいいです。公式の場ではありませんし。どうか楽にして下さい」

「導師の前でそのような……」

王族に連なる身とはいえ、ルークにはまだ自分の地位がない。

教団においては王にも等しいイオンの前でそのようなことをしたら不敬だ。

「僕が許します。敬語も、敬称もいりませんよ。イオンと呼んで下さい」

ルークはしばらく悩んでいたが、何となくこのままでは話が進まない気がして、しぶしぶと頷く。

「では改めまして初めまして、ルーク。イオンです」

笑顔で握手を求めてきたイオンに、とりあえずルークも手を伸ばした。

「……初めまして、イオン。ルークだ」

ぎゅ、と握手を交わすと、イオンは“ケイ”に何か淹れるように頼んだ。

「僕は……導師の仕事の最中なのですが、ルークはどうしてこのような場所に?見たところ供もいないようですし」

何者かと謎の力でマルクトに飛ばされたなんていえない。

ルークが必死に理由を考えていると、“ケイ”がお茶を差し出して一言。

「発言をお許しください。お初目にかかります、ルーク様。私はケイと申します。あなた様のことはコウ様からよく伺っております」

聞きなれた名前に、思わずルークは目を見開いた。

「コウ先生を知ってるのか!?」

「ええ。コウ様は私の上司であり本当の主です」

意外なところで見つかった繋がりに、思わずカップを持つ手に力が入る。

少し考えるようにしていたイオンが、ケイを見上げて尋ねた。

「僕の教育を命じてくれた方ですよね?」

「はい」

コウに関することは何でも知りたい。

ルークはすぐに聞いた。

「教育?」

「はい、私はコウ様に命じられて、イオン様の護衛役兼教育係を務めさせていただいてます」

(俺にとっての先生みたいなものか)

納得してルークは頷く。

それからお茶を一口飲んだ。

淹れられたお茶は、とても美味しかった。

「ルーク様が屋敷から連れ去られた件、既に報が入っています。ご無事で何よりです、ルーク様。

コウ様にもルーク様のことをお伝えしました。準備が整い次第、お迎えに上がるとのことです」

「先生が迎えに来てくれるのか!?」

「はい。騒ぎが大きくならないうちに、迅速にお戻り頂くと……」

その言葉にルークは心から安心した。

コウが迎えに来てくれるのならば安心だ。

絶対に帰れる。

自分は人目につかないようにここで待っていればいい。

ルークが落ち着いたところで、ルークとイオンは他愛もない話を始めた。

二人とも、同世代があまり周りにいない環境なので、知り合いになれたことが嬉しいらしい。

ケイがそれを見守りながらお茶を注ぎ足していると、不意に部屋の扉が開いた。

その扉を開けた人物はしばらく黙って一言。

「これはどういうことですか、イオン様」


ジェイド・カーティスだった。