六話


ルークの前、イオンよりも前、兵士とイオンの間に“彼”はいた。

同時に声がかかる。

「コウ様!」

「先生!」

ケイの心底ほっとしたような声と、ルークの嬉しそうな声だ。

二人の声でそれが誰であるかを知って、イオンは改めてコウをよく眺める。

「あなたが、ケイの言っていた“コウ”……」

その言葉に、コウは深く礼をした。

「御前失礼いたします、導師イオン。ご存知の通り、私はコウと申します。お初目にかかります」

「ええ、ケイから聞いています。どうぞ楽にして下さい」

イオンはさきほどとは違う笑みを浮かべてコウに微笑みかける。

その様子に、アニスが頬を膨らませた。

「イオン様、突然現れたこいつに、何でそんな丁寧なんですか!?」

「口を改めろ、導師守護役。この方は、俺の唯一の主だ。……直に会うのはお久しぶりですね、コウ様」

ケイはアニスには殺気を向け、コウにはどこまでも深い敬愛の念を向けた。

コウはそれに大きく頷く。

「ああ、元気そうで何よりだ、ケイ。お迎えに参りました、ルーク様。遅くなって申し訳ありません」

それからルークの方を向き、こちらにも深く礼をする。

「ケイから聞いてました。先生が迎えに来て下さって嬉しいです!」

ルークは満面の笑みを浮かべる。

そこで、先ほどから無視されていたジェイドが若干イライラしたように告げた。

「誰ですか、あなたは」

「俺はコウという。今はルーク様の専属護衛兼専属教師だ。公爵様の許可を得て、ルーク様を迎えに来た。

ケイ、状況はどうなっている?」

ケイは頭だけ下げて答える。

「はっ。ルーク様の部屋に突然そこのジェイド・カーティスが押しかけ、詰問しようとし、

私とイオン様で阻んだところ、先日見つけたという誘拐犯を参考人として連れてきました。

現在、私が捕らえているこの女です」

それを聞き、コウは初めてティアに目をやる。

それから、イオンを見た。

「導師イオン」

「構いません。キムラスカに連れ帰って裁判にかけて下さい」

「ですから、イオン様!」

「黙れ」

まだわめこうとしたティアの口を、ケイが押さえる。

「ケイ、放していい」

「はっ」

コウが命じると、ケイはすぐさまティアから離れた。

身が空いたケイはすぐさまイオンとルークの前で跪く。

ティアはようやく自由になって、抗議しようとして。

次の瞬間、消えた。

「ええ!?」

アニスが驚いて、ティアのいたところに手を伸ばす。

そこにもうティアはいなかった。

「確かに承諾しました、導師イオン。これよりバチカルに連行します」

「はい」

イオンが頷く。

アニスは混乱したままコウを問い詰めた。

「え、今の、アンタがやったの!?ティア、どこに行ったの!?」

「口を慎め、と言ったはずだ、導師守護役」

ケイがアニスを睨みつける。

コウは労わりの視線をケイに向けてから、口を開いた。

「どこ、とは言えないな。強いて言うならば俺の手の内だ」

「困りますねえ、勝手に証人を連れて行かれては」

ジェイドが眼鏡をあげながらやれやれと肩をすくめると、コウは小さく首をかしげた。

「ケイ、あの女は国家反逆罪以上の罪の証人なのか?」

「いえ、全く関係ない……そもそもまともに頭の回る人間なら罪にすらしない罪の証人です。

コウ様が連行されても全く問題ありません」

ジェイドの表情が固まる。

「そうか。長居した。ルーク様、バチカルに帰りましょう」

「はい!」

コウが手を伸ばすと、ルークは嬉しそうにその手を掴んだ。

「待ちなさい。あなた方は不法侵入者です。マルクトで裁きを受けて貰います」

またしても引き止めたジェイドに、コウは隠すことなくため息をついた。

「憶測でものを話すな、死霊使い。俺はきちんとカイツールを通ってきた。

証拠も、キムラスカマルクト両国の詰所に残してきている。

マルクトに、ルーク様の誘拐による不法侵入の謝罪文も出してきた。王家の印付きだ。これで罪は帳消しだ」

「な……っ!」

声も出ないジェイドから視線を外し、コウはイオンに一度礼をした。

「それでは失礼します、導師イオン。バチカルに来た際には、またお会いする機会があるでしょう」

「ええ、楽しみにしています」

それからケイに振り向いて。

「ケイ、もうすぐリンが来る。後は頼んだ」

「はっ」

ケイはコウに恭しく礼をした。

「っ待ちなさい!」

ジェイドが手を伸ばそうとしたが、次の瞬間コウとルークは消えていた。

「ま、また消えた!?」

アニスはずっと混乱から立ち直れないでいる。

散々軽視され、交渉材料になるはずだった人材を持っていかれたジェイドは、顔を顰めた。

ほのぼのした空気のイオンと満足げなケイとは明らかに違う空気に、新たな声が響き渡る。

「あら、コウ様行っちゃったの?一目だけでもお会いしたかったわ」

扉から兵士を押しのけて顔を出したのは。


「リン様、お待ちしておりました」