七話


「お久しぶりです、リン様」

現れたリンにも、ケイは丁寧に礼をする。

「久しぶりね、ケイ。さっきまでコウ様、ここにいられた?」

「はい、リン様と入れ違いで戻られました」

「残念」

リンは心底残念そうな顔をした後、イオンの前で跪く。

「初めまして、導師イオン。コウ様の命により、

バチカルまであなたの護衛を手伝わせて頂くことになりましたリンです。よろしくお願いいたします」

「はい。あなたのこともケイから聞いています。よろしくお願いしますね」

「はい」

次々と起こることにようやくジェイドたちが頭を落ち着かせて、リンへと目をやった。

「あなたは誰です?」

「今名乗ったじゃない。リンよ」

「さっき来た、よく分かんない人のぶ……」

アニスは最後までいうことができなかった。

リンが、アニスの顔の横に正拳をお見舞いしたからだ。

「次コウ様の悪口言ったら、その喧しい顔面に直撃させるわよ」

全く影も形も見えなかったそれに、アニスは思わず真っ青な顔で頷く。

その様子を見ながら、ジェイドはため息をつく。

「やれやれ。また物騒なお方ですねえ」

「当然でしょ?あなたの立場から言えば、マルクト皇帝を侮辱されたのと同等のことを、

今この子供はしたのよ?」

「そんな大げさな……」

ジェイドがもう一度ため息をつくと、今度は彼のわき腹に横蹴りが入った。

「がっ」

吹っ飛ぶでもなく、ただそこに倒れ伏せる。

「私達の、コウ様に対する忠誠心を侮辱しても、許さないわ」

「……リン様、カーティス大佐の方が厳しくありません?」

割合軽い拳だけだったアニスと、直に蹴りが入ったジェイドでは扱いに差がある。

「気に食わない。以上」

パンパン、と手をはたきながらリンはそれだけ言った。

それから、あ、と声を上げる。

「そういえば、この人、マルクト帝国の名代だったかしら、ケイ?」

「はい、ですが、ルーク様と、コウ様にあれだけの不敬を働いておきながら、

流れ上、何の処罰も受けていませんでした。丁度いいでしょう。構いませんか、導師」

「ええ。頼もしい方が、来て下さいましたね」

真っ青なアニス、痛みに呻き声をあげるジェイド、

怯える置いてけぼりの兵たち、苦笑するケイ、黒いオーラを漂わせるリンがいる中、

イオンだけがほのぼのとした雰囲気で言った。


ルークが気がついた時には、バチカルのファブレ邸の中庭だった。

「なんだか懐かしいな〜」

「お疲れ様でした、ルーク様」

「ルーク」

「あ、父上。ルーク・フォン・ファブレ、ただいま帰りました」

中庭に現れたファブレ公爵に、ルークは礼を取る。

コウはすぐさま跪いた。

「よい。よく無事に戻った。コウも、迅速な対応感謝する」

「いえ、有能な部下のおかげです」

コウも謙虚に頷く。

それにファブレ公爵も頷いてから、ルークに顔を向ける。

「ルーク、お前はシュザンヌに顔を見せに行きなさい。とても心配していた」

「はい……失礼します」

もう一度礼をしてから、ルークはシュザンヌの寝室に向かうべく中庭を離れた。

その気配が完全に遠ざかってから、コウは小さく礼をする。

「ご用件は?」

「うむ。下手人は?」

「捕らえております。いかがいたしましょうか」

ファブレ公爵は少し考えた後、下を指差す。

「後で牢に入れておけ。逃げられぬよう厳重にな」

「御意に。他に御用は」

「ない。後はいつもの通りだ」

コウは頷いて失礼します、と言って立ち上がった。

それから一瞬きの間に姿を消す。

とうに慣れたその光景に、ファブレ公爵は小さく息をついた。

「本当によく働いてくれる。しかし、お前はいつまでいてくれるのだろうな?」


シュザンヌと感動の再会を果たし、メイドに無事の帰還を祝われながら、ルークは自室に向かっていた。

途中、耳慣れた声がして、後ろを振り向く。

「ルーク!」

「ナタリ……ぐぇっ」

ルークの言葉は途中で止まった。

ナタリアが飛びついて、その首が軽く絞められたからだ。

それに気づいて、ナタリアは慌てて離れる。

「あら、私ったらはしたない。すみません、ルーク」

少し咳き込んでから、ルークはナタリアに微笑む。

「いや、大丈夫だ。早かったなナタリア」

「ええ。屋敷の者からルークの帰還を聞いて飛んでまいりましたの。どこか悪いところは?

お怪我はありませんこと?」

「大丈夫だって。怪我一つないよ。先生が迎えに来てくれたしな」

手をひらひらさせて言ったルークに、ナタリアも安心するように微笑んだ。

「本当、コウには感謝してもしきれませんわ。

あの人には本当に様々なことを教えて頂きましたし……そういえばコウはどちらに?」

いつも傍に控えているコウが見当たらなく、ナタリアは辺りを見回す。

「中庭で、父上と話してるよ。俺は母上のところに挨拶に行って来たところ」

「まあ、そうでしたの」

ナタリアは手を口元に持っていく。

会話が切れたところで、ルークが申し訳無さそうに申し出た。

「自室に戻っていいか?少しの旅で服とかくたびれたから、着替えたいんだ」

「私ったら気の利かない。そうですわね。お疲れでもあるでしょう。

今日はこれで失礼しますわ。後日、また伺います」

ナタリアは少し恥ずかしそうにした後、小さく礼をしてルークの元を離れた。

それから一度振り返って。

「無事帰られて、本当によかったですわ、ルーク」

「ありがとう、ナタリア」

心からのそれに礼を言って、ルークはナタリアを見送った。

そして自室に戻って着替える。

少し久しぶりの豪華なベッドを堪能してから、どこともなく声をかける。

「先生、いるんでしょう?出てきて下さい」

すると、コウが突然傍に現れた。

もうとっくにコウの瞬身に慣れたルークは、驚くこともなく笑顔を向ける。

「このたびは迎えに来て頂いて本当にありがとうございました」

「いえ、ルーク様をお守りできなかったのは私が至らなかったせいです。不自由な思いをさせました」

「そんなの、気にしないで下さい。それより……」

ルークは一度言葉を切ってから、真剣な顔をして続ける。


「“預言”について、本当のことを教えて下さい」