何の変哲も無い、雨の日だった。 本当に、ほんとうに、いつもと変わらなかったのだ。 バイトにたたき起こされ、もっそりと朝ごはんを食べ、今日も今日とて仕事もなく、 ごろごろしていたら居候に仕事を探して来いと叩き出され、現在に至る。 そんなことは日常茶飯事で、ただ、いつもと同じ毎日を過ごすのだろうと、漠然と思っていた。 ……思って、いたのだ。 「……何これ」 ふと、歩きあたった場所で、見つけたもの。 訂正、人。 もっかい訂正、子供。 ざあざあと雨が降る中、そこだけ時間が止まったような、そんな感覚を引き起こさせられる。 何だ、この、違和感は。 あの頃のような、ぞくりとした感覚を感じる。 神楽よりもさらに幼いだろう、こんな子供から。 我に返って、その子供を覗き込む。 地球人としては異質な色だ。 天人だろうか。 もっとも、自分という例がいるから、一概にはいえないが。 しかし、この子供は大分弱っている。 僅かに聞こえる息は、とても小さいけれど、荒いものだ。 こんな雨の中、倒れているのだ。 おかしくはない。 「どーすっかなー」 とはいいつつも、手は子供に伸びた。 こんなときは、自分の性分を少しだけ悲しく思う。 いつもどうしてこんな大事になるのかと愚痴っているが、原因は間違いなく自分にあるのだ。 たとえ厄介ごとだと分かっていても、苦しんでいるものを放っては置けない。 結局は、自分で厄介ごとを招いている。 だが、それでもまあいいかと思えるぐらいには、こんな生き方も悪くない。 悪いことばかりでもないのだ。 苦笑して、よっこらせ、とその子供を担いだ。 その軽さに、少しだけ、目を見張る。 子供だから、という理由にしても、その体は軽すぎた。 雨は、止まない。 「たでーま」 家に帰ってそういえば、すぐに居候がばたばたと玄関に駆けつけてきた。 「お帰りネ、銀ちゃん」 定番のその文句を言って、それから固まった。 「銀ちゃん、それ、何?」 「何じゃない、何じゃ。ガキだ。拾った。とりあえず連れて来た。冷え切ってるから、湯、沸かして来い」 最初は自分ももの呼ばわりしたことを棚に上げてたしなめる。 傘を閉じて立てかけた頃に、呆然としていた神楽は、はっとしたように居間に駆け戻っていった。 うん、こういうときくらいは素直に言うこと聞いて……。 「新八、大変アル!銀ちゃんがとうとう隠し子連れて来たヨ!」 くれるわけねーなァ! 「ちゃうわぁぁ!何をどうしたらそうなるんだ!お前の頭は芸人仕様!?」 とりあえず、怒鳴っといた。 怒鳴った後で、腕の中の子供が気を失っていることを思い出した。 「それで、その子、どうしたんですか、銀さん」 湯を沸かさせて、湯たんぽに入れさせた。 タオルで大体の水分をふき取り、適当に着替えさせて布団に押し込む。 その際、あちこちに大なり小なり怪我を負っているのを発見して、それもまた処置をした。 熱を計ってみたら案の定それなりにあったので、額に濡れたタオルを乗せる。 そこまでの一連の処置を終え、とりあえず様子見。 新八が入れたお茶を飲みながら、ようやく一息ついた。 「だから拾ったんだって。ちょっと奥まった路地。雨の中ぶっ倒れてた」 「こんな子供が?」 「そう」 年端も行かない幼い子供が。 やはり多少思うところがあったのか、新八が少し顔を顰める。 「お母さんとはぐれた迷子の子供ってわけでもなさそうだからな。とりあえず、起きるまで様子見だ」 「そうですね……起きるまでそっとしておきましょうか」 「ああ」 それでひとまず話は終わった。 雨はどうやら、まだ止みそうになかった。 夜中、新八は家に帰り、神楽と定春は先に眠った。 寝る前にもう一度濡れタオルを取替え、念のために、すぐ隣に自分の布団を敷いて寝る体勢。 うつらうつらとし始めた頃、変化は起きた。 近くにぼんやりとした気配を感じる。 目を覚ましたのか。 体を起こして覗き込む。 子供は、うなされていた。 何にうなされているのだろう。 起こした方がいいかと迷っていると、子供がうなされながら、呟いた。 「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」 祈るような、必死な謝罪。 堪えるような、苦しい謝罪。 一体なんなんだと手を伸ばす。 その手を、直前で止めた。 「ころしてしまってごめんなさい……」 すっ、と涙が一筋、子供の頬を伝う。 それから、子供はうなされなくなった。 ただ、つらいのを堪えるような顔で、昏々と眠り続けていた。 横に引かれた涙の筋が乾く頃、ようやく、ぽつりと一言吐くことができた。 「何だってんだよ……」 雨の日に (過去の残像が、重なる)