困った。 何が困ったって。 「ここ、どこ……?」 迷子になったのだ。 そもそも迷子のような存在だ。 何かの間違いで紛れ込んだようなもの。 自分がここにいること自体がおかしいのだが……。 いや、今はそんなことよりまず。 迷子をどうにかするべきだ。 きょろきょろと見回してみるが、このあたりに見覚えは無い。 どうしよう。 誰かに道を尋ねてみようか。 あ、あそこに誰か……。 「あの……」 「ああ?」 尋ねてみようと思ったら、思いっきり睨まれた。 こ、怖い人か? 思わず、特注の木刀の柄(今の俺に合ったサイズ)を握る。 すると、その後ろからひょいっと人が顔を覗かせた。 「土方さん、子供が怯えてますぜ。顔が怖いから」 「んだとコラ、総悟!」 「ほーら怖い。な?」 同意を求められても。 頷いても頷かなくても何か言われそうだ。 とりあえず、一歩後ずさってみる。 すると、ごん、と何かに頭をぶつけた。 慌てて振り返ると、そこには前の二人と同じ服を着た人が立っていた。 軍人みたいな、組織立ったものに所属しているのだろうか。 「あ、ごめんなさい」 「ん、いいぞいいぞ。で、何してんだ、トシ、総悟」 慌てて謝ると、がしがしと頭を撫でられた。 「いや、何も」 「土方さんがこんな子供にガンたれてやがったんでさァ」 「ちゃうわ!」 なにやら頭上で口げんかが始まっている。 聞く人を間違えたかな。 「で、お前はこんなとこで何してんだ?俺たちに何か用か?」 困っていると、ぶつかった人が助け舟を出してくれた。 助かった。 さっさと道を聞いて、ここを離れよう。 「あの、迷子になって……道を教えてくれませんか?」 「よし、二十四時間営業のこの真選組に任せろ!で、何処に行きたいんだ」 「営業なんですか」 けんかをしていた二人の片方が突っ込んだ。 うん、俺も突っ込みたい。 それにしても、真選組ってどっかで聞いたような……。 まあいいや。 「えどのかぶきちょうの、よろずや銀ちゃんってところに」 そういうと、一斉に三人に驚かれた。 その内、最初に話しかけた人、多分土方という名前の人はまた睨みつけてきた。 思わず一人の後ろに隠れる。 「お前、万事屋に何の用だ」 「トシ、怯えてるぞ。大丈夫だ、怖くないからなー」 あやすように頭を撫でられる。 すごく子ども扱いされている気分だ。 いや、実際今の姿は子供だし、子ども扱いされてるんだけども。 「住まわせてもらってます……」 とりあえず素直に答えると、また驚かれた。 なんなんだろう。 「銀さん、知ってるんですか?」 「ん、まあ、銀時とは色々あるからな」 聞くと、頭を撫でてくれている人がちょっと微妙な顔をしながら笑った。 銀さんを名前で呼ぶくらいなのだ。 きっと顔見知り以上くらいには知り合いなのだろう。 「そういや、前に子供を拾ったから親御さんらしき人物が来たら連絡をくれと言ってましたね」 「ああ。きっとこの子のことだろう」 「ま、旦那には何だかんだで世話になってるし、送って行った方がいいんじゃないですかィ?」 「もちろんだ。迷子を放っておくなど、武士道に反する」 「どんな武士道だ」 なにやらまたボケと突っ込みのやりとりが始まったが、どうやら送っていってくれるらしい。 良かった。 一通りそのやりとりを見届けた後、総悟と呼ばれていた人と、 未だに名前が分からない、親切そうな人が送っていってくれることになった。 土方という人は、仕事があるからとどこかに行った。 何の仕事をしてるんだろう。 「しっかし、万事屋からここまでだと、相当距離があるぜ。どうやって迷子になったんでィ?」 それは俺の方が聞きたい。 「散歩してたら……迷子になった」 「そりゃまた規模のでかい散歩だな」 むむむ、結構毎日世界中を歩き回っていたせいか。 どうやら、俺の距離感覚は多少狂っているらしい。 直さないと。 「あの連中の相手は大変だろ。変な奴ばっかりだからな」 男がかっかっかと笑う。 その笑い方は豪快で、その言葉に悪意などは込められていないのが分かる。 単に、本当に単純に変だと思っているらしい。 悪いのやらいいのやら。 まあ確かにちょっと変わっているのかもしれない。 「でも、楽しい、から」 毎日毎日賑やかで、楽しい日々を過ごさせてもらっている。 これ以上のうれしいことは無い。 笑顔を向けると、男と総悟さんも笑い返してくれた。 「そういや、お前の名前聞いてなかったな。名前は?」 名前なら、彼らがつけてくれた名前がある。 「俺の、名前は」 続けようとして、大声に遮られた。 「あ、夕、いたヨ!新八、夕いた!ゴリラとドSと一緒ネ!」 「夕君いた!?」 どたばたと同居人たちが走ってきた。 「神楽姉、新八兄!」 ばたばたと走りよってくる。 神楽はすぐに、自分をひょいと持ち上げた。 「ゴリラとドSに何もされてないアルね!?どこも痛いとこは無いアルね?!」 何だそれは。 新八兄に視線を向ければ、苦笑して送ってくれた人たちにお礼を言っている。 「夕君を保護してくださったんですね。ありがとうございます、近藤さん、沖田さん」 そこでようやく、親切な人の名前を知った。 神楽姉に降ろして、と言って、ぺこりと礼をした。 「送ってくださってありがとうございます」 「……万事屋にいるにしてはやけに素直だな」 「失礼ネ」 「本当のことだろ」 今度は沖田さんと神楽姉の間にケンカが勃発しそうだった。 慌ててとめようとしたが、新八兄がいつものことだと笑っていった。 「ははは、本当の兄弟みたいだな」 その光景を見ながら、近藤さんが、また豪快に笑っていった。 近藤さんは、俺の境遇を知っているはずだ。 知っている上で。 兄弟のようだと。 その響きが嬉しくて、笑った。 神楽姉と新八兄も笑った。 一しきり笑った後、神楽姉が思いついたように手を叩いて、声を上げた。 「新八、早く帰ろ。銀ちゃんが心配しちゃうネ」 「そうだね、帰ろうか。近藤さん、沖田さん、本当にありがとうございました!」 「ありがとうございました!」 礼を言った新八兄にならう。 手をぶんぶんと振って、送ってくれた二人と別れた。 その右手は神楽姉と。 左手は新八兄と。 繋いで、並んで帰った。 ほんのりとした体温を共有しながら、一緒に銀さんが待つ家へと帰った。 今の、俺の家に。 手を繋いで (本当の、兄弟みたいに)