「……あの」 「遠慮ならしなくてもいいのよ、夕君。私が手によりをかけて作ったんですもの。 食べて貰わなければ、もったいないわ」 逃げ道をふさがれた。 いや、物理的にはとっくに逃げ道を塞がれているのだが。 ……どうしよう。 場所、新八兄の実家、恒道館っていう道場。 状況。 目の前に、どうやってこうなったのか知りたいような知りたくないような摩訶不思議物質が鎮座している。 要は、俺が万事屋に加わった記念らしいのだ。 それで、新八兄の妙姉さん(と呼ぶように言われた。逆らえなかった)が祝いに料理を振舞った。 それだけ聞けば微笑ましい話なのだろう、多分。 だが、目の前にあるのがおそらく人が食べるものではないとすれば話は別だ。 きっとこれは、生死に関わる物質だ。 ほんとに、どうしよう。 せめてもの足掻きで、少しだけ離れたところから見守っている人達を見る。 新八兄。 限りなく微妙な顔で、どうやら俺の無事を祈っていてくれているらしい。 止める気はないようだ。 止められないだけかもしれないが。 神楽姉。 こちらは、普通に、応援の言葉を向けてくれている。 多分、やればできるとかそんなことを考えていると思う。 できることとできないことは、さすがにあると思う。 銀さん。 もはや見ないフリだ。 ちょっとひどい。 だが、対象がこれでは仕方がない気もする。 望みは潰えた。 「さ、お上がりなさい、夕君」 妙姉さんがさあ食べろと言わんばかりに手を差し出している。 もう一度、まじまじと摩訶不思議物質を眺めた。 真っ黒。 しかし、多分ただこげたわけじゃない。 過程で、確実に材質が変化するような何かの超常現象が起こっている。 前にもこんな予感があった。 あれは、某幼馴染作の料理を前にした時だ。 最初に食べたのはなんだったか。 それは覚えてないが、食べた瞬間に気が遠くなったことだけは覚えている。 それから丸一日は寝込んだことも覚えている。 あの時は、本気で死ぬかと思った。 だが、その後も何度も同じ危機にさらされた。 生き残れたのは幸運としか思えない。 そんなところで幸運を発揮しなくてもいいのに、俺。 いや、発揮してなきゃ生きてないんだが……。 「夕君」 妙姉さんに呼ばれて我に返る。 そうだ、今は思い出に心を馳せている場合じゃない。 目の前のこれをどうするかだ。 ……ええい、やけくそだ。 多分、あいつより悪いことにはならないだろう。 あれは食材以外のものも投入された謎の物質だ。 だが、これはおそらく食材だけで作られた摩訶不思議物質だ。 こちらの方がまだましだと自分に言い聞かせる。 これの破壊力を知っているだろう万事屋の面々がぴんぴんしてるんだから、 少なくとも死ぬようなこともないだろう。 よし、覚悟は決まった。 「いただき、ます」 「はい、どうぞ」 最近ようやく慣れてきた箸を手に取る。 恐る恐る、摩訶不思議物質にそれを伸ばす。 ぼろりと崩れそうなそれを掴んで、口に入れた。 ……多くを語るのは止めておこう。 もう思い出したくもないからだ。 とりあえず、生き残れたまたもや幸運な俺に、祝福を。 結論、甲乙つけ難い。 世界に一人はいる (人類の敵は宇宙人でも師匠でもなくて、彼女達だと思う)