おつかいに出た。

夕飯の材料が必要だということで、名乗りを上げたのだ。

ちゃんと地図も書いてもらったし、迷わなかった。

そう、道に迷いはしなかった。

道には。

「どうした、少年」

だが、返答には迷った。

というより、困った。

普通に買い物を終えて、帰る所だった。

その途中、向こうでもこちらに来てからも見たことのない生物を見つけて、思わず立ち止まったのだ。

そしたら、その生物の連れっぽい人に、声をかけられた。

そして困っている。

どうしたといわれても。

まさか、その隣の人?は、何なんですかと聞けるわけも無い。

ちらりと視線を向ければ、何となく睨まれた気がした。

いまいち表情が分からないから、何となくだけど。

しかし、聞かれていつまでも黙っているわけにも行かない。

どうしよう。

悩んでいると、その人は思いついたように手を叩いた。

「む、まさか俺が食べているこれに目をやっていたのか?」

は?

言われて、よくよく見れば、その連れの人は確かに何かを食べている。

棒状の……何だろう。

お菓子のようだ。

スナック菓子とかいう種類に分類されそうだ。

よく分からないが、何やら勝手に勘違いされたらしい。

「それならば早く言えばいいものを。ほら、少年。俺の宝物を分けてやろう」

そういうとその人は、なにやら懐をごそごそと漁り始めた。

そこでようやくハッとして、慌てて否定する。

「た、宝物なんてもらえません!」

「遠慮するな。ほら、ほら、ほら」

その人が懐から取り出したのは、さっきまで食べていたものと同じお菓子だ。

そのお菓子が、次から次へと取り出される。

そして、俺が持っていた袋に入れられた。

……お菓子が、宝物?

俺が呆然としている間に、袋はそのお菓子でいっぱいになっていた。

「子供は食べて育つものだ。はっはっは」

その人は豪快に笑うと、謎の生物を連れて立ち去っていった。

あまりにも突然のことで、あまりにも鮮やかな手さばきだったものだから、

抵抗なんてする間も無かった。

というかそんなもの思いつく間も与えて貰えなかった。

一体、なんだったんだろう。

夢かと思いたいが、袋に入っているお菓子がそれを裏切っている。

何でスナック菓子?

スナック菓子で子供が育つか?

スナック菓子が宝物って?

よくよく見たら、種類が多少違うらしいが……。

……とりあえず、帰るか。

考えるのを止めて、再び歩き出した。


たまに神楽姉と一緒に、近所の子供たちと遊ぶ空き地を通った。

ここを通ると少し近道なのだ。

道を覚え始めた自分に満足しながら、空き地を横切る。

横切ろうとして、途中、誰かの視線を感じてきょろきょろと辺りを見回した。

誰だろう?

少しして、その持ち主が判明した。

空き地の木の根元で、座っているおじさんが、こちらをみている。

その顔には生気がない。

サングラスで目は見えないものの、見えなくても分かるほど、無い。

う、何か怪しい人っぽい。

いわゆる不審者ってやつだ。

神楽姉と銀さんから、怪しい人や知らない人にはついてっちゃいけないと、何回も言われている。

ついでに、昔にも散々言われたことがある。

目の前の人は、怪しい上に知らない人だ。

ここは関わらないに限る。

そろそろと視線をゆっくりと外しながら、後退した。

ある程度距離を空けたら、一気に走るつもりだ。

しかし、試みは成功せず、そのおじさんはこちらに話しかけてきた。

「よう、ボウズ。

……お前さんみたいな子供に言うのもなんだが、何か食べるもの、持ってないか?」

びくりと肩を震わせたが、次に聞こえた言葉に首をかしげた。

行き倒れとか、浮浪者とか、そういう類だろうか。

うーん、怪しいし知らない人には変わりないが……少しかわいそうになってきた。

しかし食べるものって言ったって、おつかいで買ったものしか……。

「あ」

袋を覗いて、思わず声を上げた。

そういやあった。

さっき見知らぬ人から貰った、お菓子。

どうしようかと迷ってたし、あげてしまおうか。

「お菓子なら……」

「本当か!」

おじさんは嬉しそうに立ち上がって、こちらに近づいてきた。

その足取りはおぼつかない。

もしかして、本当に行き倒れとかでちゃんと食べられてないのかな。

一応、いつでも腰の木刀を抜けるように構え、気を抜かないようにしながら、

おじさんにさっき貰ったお菓子を渡した。

おじさんの顔がほころぶ。

「ありがとな。恩に着るよ」

おじさんは、さっそくお菓子の袋を開けてばりぼりと食べ始めた。

よっぽどお腹が空いていたらしい。

しかし、やつれたというかこけた感じのおじさんが一心不乱にお菓子を貪る光景は、少し怖い。

ぎゅ、と足に力を入れ、夢中で食べるおじさんから、少しずつ距離をとる。

おじさんがお菓子の半分を食べる頃、一気にダッシュをかけた。

「着なくていいです。……失礼しました!」

一応、一言言って。

大分走った後、着いてきていないのを確認して、息を整えた。

何となく、深く関わり過ぎてはいけない気がした。

色々、突っ込んではいけない気がした。

最近、こういう勘は良くあたる。

もう一度、来ていないのを確認して、再び歩き出した。

今日は変な人によく会う日だな。


あともうすぐで万事屋というところで、誰かとぶつかった。

慌てて離れて、謝る。

「す、すみません!」

「いいじゃき〜気にすることなか」

……日本語?

「子供は元気なのが一番じゃき。はっはっは」

うん、多分日本語。

ちょっと語尾が変だけど……もしかしたらそういう言葉なのかもしれないし。

しかし、よく笑う人だ。

「ありがとうございます」

一応、礼。

するとぶつかった人は、手をひらひらさせながら歩いていった。

途中まで。

「待てェェェ!!」

「げ、陸奥!どうしてここが分かっ……」

「頭の行動範囲などお見通しじゃき!観念せい!」

「嫌じゃ!まだ何も遊んどらん!」

「遊ぶなと言うとるんじゃーっ!!」

その人の後ろ、つまり俺の正面から女の人が走ってきて、さっきの人を追いかけていった。

なんだか知らないが頭さん?はばたばたと逃げていく。

うーん、某帝国の皇帝と懐刀みたいなものだろうか。

それよりは部下の方が優勢みたいだが。

叫び声と怒鳴り声が遠ざかっていく。

どんどん遠ざかっていって、やがて聞こえなくなった。

それまで見送ってしまった俺は、そこでようやく再び歩き出す。

今日は、本当に、変な人とよく会う。

面倒ごとに巻き込まれないうちに、早く帰ろう。


「ただいま」

「お帰り夕君。少し遅かったね」

靴を脱いで、玄関まで来てくれた新八兄に買いもの袋を手渡す。

それから一緒に台所まで向かった。

「ああ。なんだかやたら変な人と鉢合わせて」

「変な人?」

新八兄が袋の中身を確認してしまっていくのを見ながら、椅子に座る。

今日、会ったのは……。

道順を思い出しながら、なぞっていく。

「まず、白くて大きな変な生き物連れた人になんだかスナック菓子を貰って」

「……うん」

「空き地で行き倒れみたいなおじさんにそのスナック菓子あげて」

「………うん」

「部下っぽい女の人に追いかけられてる、変な喋り方をする人に会った」

「……」

「新八兄?」

さっきから反応が悪い。

どうしたんだろうか。

首をかしげていると、新八兄が肩をがしっと掴んだ。

何なんだ。

「夕君、聞くけど……お菓子をくれたのは、黒髪長髪の人?」

「うん」

その人の容姿を思い出して、頷いた。

そういやそんな人だった。

「空き地で会った人は、サングラスしてた?」

「うん」

「追いかけられている人は、はっはっはとか笑ってなかった?」

「うん」

質問に次々と答える。

全部その通りだ。

もしかして、知り合いなのだろうか。

そのことを伝えると、新八兄はすごく複雑そうな顔をして。

「……頑張って」

なにやら激励をくれた。

何を頑張れというんだ、何を。

詳しく聞こうと思ったが、新八兄はとても疲れた顔をしていたので、止めた。

まあ、新八兄の知り合いなら、その内会うこともあるだろう。

そう思って、その話はそこで止めた。

そして、その夜。

お登勢さんのスナックで、全員と再会した。


全員、やっぱり変な人たちだった。


おつかい珍道中
(その変な人達は、銀さんの旧友が大半らしい)