あるひの、よあけ


がばりと、目を覚ますなり起き上がった。

荒くなっている息を、なるべく急いで静める。

隣には、人がいるのだ。

どうやら起こさずには済んだみたいだが。

どくんどくんと、鼓動の音がよく聞こえる。

その鼓動の音ごとに、今しがた見た夢が押し寄せてくるようだった。

未だに忘れ得ない、過去の記憶。

いや、忘れてはいけないのだ。

それは自分の罪の証で、そしてこれは自分の罪に対する罰なのだ。

決して逃れ得ないもの。

これからもずっと、背負っていかなくてはいけないもの。

ぎゅ、と剣を握らなくなって久しい(木刀は持っているものの)手を握り締めた。

冷たい。

その冷たさが、自分をまだここに引き止めているような気がした。

ようやく鼓動の音が静まってきて、小さく息を吐いて。

急に、ごすんと頭に衝撃が走った。

それはそれは、突然だった。

受身も取れず、そのまま押されるように布団に倒れこむ。

頭には、温かい何かが乗っかっていた。

見なくても、分かる。

だって、この部屋には、俺と、あと、一人、しか。

「お、起こした?」

「……」

怒ったのだろうか。

返答はない。

どうするべきか、と迷っていると、頭に乗せられていたそれは離れて、

(離れてようやく腕なのだと分かった。当たり前だといえば当たり前だが)

自分の髪をくしゃりと撫でた。

「俺もよ、そんな長いこと生きたわけでもねえんだが」

「え?」

「ちょっとばかし、色々考えさせられる人生を生きてきたとは、思ってる」

「銀さん?」

突然始まったそれに、布団に転がったまま、首を動かして銀さんを見た。

銀さんも布団に収まったまま、こちらに手を伸ばしている。

その目は閉じていた。

「生きるってのは、そりゃあ難儀なことだからな。

楽しいことも、辛いことも……哀しいこともたくさんあるだろうよ」

何となく、今何言っても話すのは止めないだろうな、と思った。

だから、しばらく、静かにその話を聞いていることにした。

銀さんの声には、実感のようなものが篭っている。

銀さんも、色々、あったのだろうか。

「でもどうしたって、何があったって、俺たちゃ生きてかねーといけねーんだ」

だからなのか。

「俺たちは今、生きてんだからな」

言葉が、ずしりとのしかかってくる。

俺の今まで積み重ねてきた、何かに。

ついさっきまで押し寄せていた、それに。

「生きたいって思うのは人間の本能だ。

だから、そう思うことは間違いでも何でもねーし、当然のことだ。

だがまた同時に、それは義務でもあんだよ」

一言一言が、重い。

普段のふざけた態度からは考えられないほど。

「泥にまみれたって、のたうち回ったっていい。生きろ」

力強く、まっすぐな声だった。(それがこの人の本質なのだと)

「過去を忘れろなんてことは、言わねえ。

今までに自分の身に降りかかったこと、自分の手でなしたことの責任、

全部背負って、それでも前を向いて歩け。進め」

心に溶け込んでくるような声だった。(まるで自分にも言い聞かせているように)

「難しいかもしんねえけどよ、人生、悪いことばっかじゃねえからな」

くしゃりと、もう一度頭が撫でられる。

「生きてりゃ、絶対に生きてて良かったと思える日が来るから」

その手は、とてもとても温かくて。

その声は、とてもとても優しくて。

「そのこと、忘れるなよ」

でも、なぜだかとても哀しくて。

だから。

「銀さん」

「……」

「ありがとう」

たくさんたくさん、言いたかったことはあったんだけど。

言わなきゃいけないことがもっとあった気がしたんだけど。

頭の中が白くなったり黒くなったり、ごちゃごちゃになっていて。

それでもさっきまで感じていたものは無くなっていて。

今の想いを上手く言葉に出来るとは思えなかったから。

その言葉に、全部の想いを込めた。

それだけできっと十分なんだって、思えた。

銀さんからの、返事は無かった。


ふと気がついたら、夜が明けていた。

いつの間にか眠ってしまっていたらしい。

(今まで、あんな夢を見た夜は朝まで眠れなかったのに)

隣を見れば、銀さんがだらしなく眠り込んでいる。

その姿からは、とても昨夜の声が想像できないけれども。

でも。

「夕君、銀さん起きて……あれ、夕君起きてたんだ。おはよう、夕君」

「おはよう、新八兄」

いつものように、起こしに来てくれた一応同僚……兼、家族……に挨拶を返す。

それから伸びをしていると、隣の人間も、もそりと起き上がった。

「あ、銀さんも起きましたね。

朝食できてますから、すぐに起きてきてくださいよ。

あ、神楽ちゃん、待って!それは……」

新八兄がばたばたと走って行く。

その音を聞きながら、俺は銀さんに体を向けて。

「おはよう、銀さん」

「……はよ、夕」

まだ寝ぼけ眼の銀さんに、頭を下げた。

「……これからも、よろしくお願いします」

そう言うと、銀さんは半目の目で少しだけ驚いて、それから苦笑して。

「……おう」

また頭を撫でてくれた。


その手が、とてもとても心地よかった。


あるひの、よあけ
(いつか必ず、太陽が昇る日が来るんだって)