銀の月


その時のことはよく覚えていない。

だって、そこにいたのは“彼”だった。


一話


まだ、陽が昇ったばかりの頃。

不意に、銀時は目覚めた。

「なーんか、懐かしい夢、見た気がすんなー…」

体を起こして、今の夢を思い出そうとする。

だが、とうにその記憶は消えていて、何も思い出すことはできなかった。

「ま、いいか。思い出したとこで大して意味はねーし」

消えてしまったものは仕方が無い、と銀時は再び横になる。

すぐに眠りについて、銀時は静かに寝息を立て始めた。


人々が活動し始めるころ、新八は万事屋にやってきた。

いつものように、ノックして入ると、予想通り何の返事もなかった。

「まーた寝坊か。あの人達、僕が来ないと永遠に起きないんじゃないかな」

有り得る、と新八はちょっと真剣に考えながら、神楽の寝ている押入れを開けた。

「神楽ちゃん、起きて、朝だよ」

「んあ〜」

まだ寝ぼけた声で返事を返される。

これは一応起きたことにして、次に銀時を起こしに行く。

「銀さん、起きて下さい、朝ですよ!」

返事すらなかった。

新八のこめかみがぴきりと音を立てる。

「起きろやオラァ!」

叫んで、銀時の布団をひっくり返した。

熟睡中の銀時は、こうでもしないと起きないことを新八は経験から知っている。

「うぉぉ!?」

銀時が落下した。

「新八ィ、なんでいつも朝からそんなバイオレンスなんだよ」

何とか起きたらしい銀時が頭を掻きながら文句を言う。

「そうでもしないと起きないからです。起きましたね。じゃあ僕は朝ごはん作ってくるんで、顔とか洗っといてくださいよ」

にしてもこれはないぜ、という銀時の言葉を無視して、新八は和室を出た。


朝ごはんを食べ終え、銀時と神楽はそれぞれ着替えに居間を出た。

少しして、神楽は居間に戻ってくる。

銀時の姿がないのを見て、神楽は銀時の部屋を覗き込んだ。

「銀ちゃん、どうかしたアルか?」

見れば、着替えは終わっているが、なぜか部屋に立ち尽くしていた。

「銀ちゃん?」

もう一度声をかけると、ゆっくりと振り返る。

神楽と目が合って、そして一言呟いた。

「何でだ……」

その表情は、今まで神楽の見たことのないものだった。

「ぎ、銀ちゃん?」

思わずどもる。

しばらくうつむいていたかと思うと、今度はいつもと同じ調子で言った。

「新八、神楽、俺ァちょっくら出かけてくるから、留守番頼むな」

その顔は見慣れたもので、神楽は少しホッとする。

だが、遅れて言われたことに気がついた。

「え、銀ちゃん、どこ行くアルか」

「こんな朝早くからどこ行くんです?」

新八と声が重なる。

内容は全く同じそれに、手を上げて答える。

「ちょっと遠出」

それだけ言うと、さっさと出て行ってしまった。

「どうしたんだろ、銀さん」

いつもとなんだか様子が違うと、新八も気づいたらしい。

神楽に意見を聞こうとして、新八は目標を失った。

代わりに、どたどたと走る音が聞こえる。

「私、銀ちゃん追いかけるヨ!」

傘を取りに行っていたらしい。

「あ、ちょっと待って、僕も!」

新八も、慌てて先に出た神楽を追いかけた。

そして、立ち止まっていた神楽にぶつかりそうになり、ブレーキをかける。

「ど、どうしたの神楽ちゃん?」

「銀ちゃん、いないヨ…」

さっき出たばかりの彼の姿は、もうどこにも見当たらなかった。


「おい、てめえこんなとこで何してんだ」

ついでに寄った江戸。

そして気の向くままふらりと訪れた町の片隅。

人気の全く無いそこで見慣れた色を見つけて、晋助は声をかけた。

だが、返事は無い。

塗装のはがれた壁に寄りかかったまま、彼は晋助の方を見ようとさえしなかった。

「俺が呼んでんだ、返事くらいしやがれ」

いらついて、ずんずんと近寄って手を伸ばす。

だが、晋助の手は、不自然な位置で止まった。

彼が、その瞳に晋助を映した瞬間に。

「お前……まさか……!」


「あ、桂さん!」

蕎麦屋でエリザベスと蕎麦をすすっている桂を見つけ、新八と神楽は駆け寄った。

む、と桂は口に蕎麦を含んだまま顔を向ける。

「なんだ、お前達か。どうした」

答える前に、二人は息を整えるため、深呼吸した。

体力のある神楽さえ、軽く息を切らしていた。

新八はもう息絶え絶えの状態だった。

見慣れた色もそばにない。

何かあったのかと、桂は気を引き締める。

「銀ちゃん、見なかったアルか!?」

「銀時?今日は見ていないが……あやつがどうかしたのか?」

呼吸が落ち着いてきた新八が答える。

「どうって程のことはないんですけど、朝から様子が変で……追いかけようと思ったら、もう見失ってしまって。

それで探してたんですけど、どこにもいなくて」

甘味屋も、パチンコも、酒場も、公園から競馬場まで、銀時が普段訪れるところは全て回ってきた。

途中で真選組や長谷川、妙などを見かけて尋ねたが、誰一人として見ていないとの返事。

だんだん嫌な予感がしてきて、全力疾走で探し回っていたのだ。

話を桂はしばらく聞いていたが、不意に、大きく目を見開いた。

「どのように、変だと思った!?」

いきなり声を荒げた桂に驚きながらも、二人は記憶をなぞる。

「口では上手く言えないんですけど……なんていうか、違和感、ですかね」

「銀ちゃんなのに銀ちゃんじゃない感じだったヨ」

ガタン、と椅子が倒れる音が響く。

桂はなんともいえない顔をして、空を仰いでいた。

「まさか、お前……なのか?」

いぶかしむ二人も目に入らず、空を睨む。

当然、答える人も、視線を返すものもいない。

それでも桂は、空に向かって、叫んだ。



「銀空!!」