二話 「銀、空……?誰ですか、それ」 「銀ちゃんのき……銀ちゃんと、関係あるアルか」 兄弟か何か、といいかけたのを神楽は無理やり飲み込む。 確かあの人に血縁はいなかったはずだ、と思い直して。 「……俺の口からは何とも言えぬ。だが、なぜだ?なぜ、今更になって……あいつは、何を望んでいる……?」 ぶつぶつと自問自答を繰り返している。 全く質問に答えてくれない桂に業を煮やした二人が、抜群のコンビネーションで桂にプロレス技を決めた。 「ぐふぉっ!」 「何言ってるかさっぱり分からないネ。今度こそ分かるように説明するヨロシ」 手をはたきながら神楽は起き上がる。 言外に、次はもうないと告げられていた。 殺気を感じて、桂はとりあえず待て待てと静止をかける。 「本当に、俺の口からは言えぬのだ。銀時と、そう約束しておるのでな」 「銀さんと……?」 「何の約束、したネ?」 新八と神楽は問い詰めようとするが、桂は首を振った。 「頼むから俺にこれ以上話させないでくれ。お前達は戻れ。あいつは……俺が探そう」 「嫌ヨ。納得行かないネ。銀ちゃんに何が起こってるか分かるまで帰らないアル」 「そうですよ。僕たちは……家族なんです。何かが起こっているのは確かなのに、じっとしていられません」 二人はじっと桂を見つめる。 桂はしばらく二人を見つめ返していたが、少しして、目を閉じて。 「エリー」 ぼうん、と煙幕が吹き出た。 「済まない!」 声がして、駆けていく音がする。 「げほげほっあ、待って下さい、桂さん!」 それに気づいて新八は声をかけたが、もちろん音は止まらない。 「ヅラぁ、今度あったら覚えてろヨ!」 神楽が煙でむせながら、桂に精一杯の怒号を向けた。 「晋助様ぁ、どうしてアイツ連れてきたんですか?」 「色々事情があんだよ。いいか、誰も近寄らせるな」 晋助はそれだけ言うと、部屋の壁に背を預けた男の元に戻っていく。 その部屋の入り口には、数人の男達が倒れていた。 「興味本位で近づいたものたちを、気だけで気絶させるとは……大した圧力ですね」 「武市先輩、それでこいつらどうします?」 また子はあたりで倒れている男達を指差す。 「ここに放っておくわけにも行かないでしょう。何人か呼んで、運ばせましょうか」 「銀空、何でお前、あの時いなくなっちまったんだ?」 「……」 「俺は何を思ってお前がああしたのかは知らねぇ……でも、あれはお前が望んでいたことだったんだよな?」 「……」 「何で」 「……」 「何で、戻ってこなかったんだよ」 「……」 「答えてくれよ、銀空!」 晋助はずっと質問を繰り返していた。 だが、彼はそれには答えず、ずっと黙ったままだった。 やがて晋助は諦めて、隣に腰掛ける。 「俺は、こんなに年を取っちまったよ。お前は、その間……何年も、何を想ってたんだ?」 それから目を閉じる。 彼は、やはり何も答えなかった。 「これからどうしようか、神楽ちゃん」 桂を完全に見失った二人は、とりあえず大通りに出る道を歩きながら話していた。 「どうするも何も、銀ちゃん探すだけヨ」 「どこを?」 銀時がいそうな場所は探しつくした。 手がなくなったところに、桂を見つけたのだ。 「んー、家に帰って定春に探して貰うアル」 「においで?」 「ウン。銀ちゃんの匂いなら、定春覚えてるだろうし」 これは名案だと神楽は思った。 犬の嗅覚は侮れない。 以前もそれで、行方不明になった桂の足取りを追ったことがある。 「一回家に帰ろ」 「……そうだね、そうしようか」 二人は頷き合って、万事屋がある方向へと歩き始めた。 帰る途中、二人は再び沖田にでくわした。 「あ、沖田さん」 「よう、今日はよく会う日だねィ。それで、旦那は見つかったのか?」 「いえ、まだです」 新八はまじめに答えたが、神楽は火花を飛ばし始めた。 「てか、何でまだ町にいやがるんだヨ。仕事しろヨ税金ドロボー」 「これは巡回っていう立派な仕事なんだよ。まともに働いてないチャイナ娘には分からねえかもしんないけどな」 沖田からも火花が返ってきて、やがてその火花は激しいものになっていく。 「何を!」 「やるか!」 「ちょっと、止めて下さい!」 恒例のケンカになりそうだと思った新八は、慌てて二人の間に入った。 宥めすかして、何とか二人を落ち着かせる。 「ちっ気分悪くなったぜ。じゃあな。今は危ねえから、お子様はさっさと家に帰りな。旦那もそのうち帰って来るだろ」 「誰がお子様だコノヤロー」 神楽がガンたれる。 沖田はもうそれを無視していた。 「あ、沖田さん。今は危険って何ですか?」 沖田の言葉に引っかかるものがあったため、新八は沖田を引き止める。 沖田は振り向いた後、めんどくさそうに頭を掻いた。 「今、指名手配犯がぞろぞろ江戸に入ってきてるらしいぜィ。 ウチも対策立てるらしくて、俺も巡回を引き上げるように土方さんに言われたんだ。あんたらも気ィつけろよ」 沖田は今度こそ、手をひらひらと振りながら立ち去っていった。 「指名手配犯かぁ……江戸も物騒だね」 神楽は、“指名手配犯”で、ある男を思い浮かべる。 彼女が一度だけ会った、嫌な気のする男。 名は知らない、どこにいるかも知れない、でももう会いたくない。 アイツみたいのがたくさん入ってきたら、それはかなり危ない。 そしていまだ見つからない大切な人を思い浮かべる。 神楽は軽く寒気を覚えた。 「……新八、早く定春連れて銀ちゃん探そ」 「あ、うん」 止めていた足を動かし、再び家に向かう。 銀時の強さは神楽もよく知っていた。 あの人はとても強い、そんじょそこらの連中じゃ歯が立たないくらい。 それは分かっている。 それでも拭え切れない悪寒に、神楽は足を早めた。 言い知れぬ不安に、鼓動の音が、止まらない。