三話


よく覚えている。

そこにいたのが“彼”だったこと。


ふ、と晋助は意識を取り戻した。

数瞬、意識がどこかに飛んでいたらしい。

どこかと言っても、どこかなんて決まりきっている。

思いを馳せるのは、いつだって同じ場所で。

そこまで考えた瞬間、晋助は隣に気配がないことに気付いた。

「銀空!?」

近くにはいない。

何処に行ったのだと、晋助は慌てて彼を探しに向かった。


彼は、外で、暮れかけた日を眺めていた。

「銀空!」

ようやく見つけて、晋助はほっとして、駆け寄った。

彼は、じっと、視線を動かさない。

その様子を見て、晋助もその視線の方に目を動かす。

やはり、夕日しかない。

「夕日が、どうかしたのか?」

「……夕日だけは、何もかも変わった世界で、変わっていないと……そう、思った」

口を開いた彼に、晋助はばっと振り返る。

「俺は、何も変わってない!ずっと自分のやりたいことを貫いてきた!ずっと、ずっとお前を待ってた!」

ゆっくりと、首を振る。

「お前も変わった。こうして人を集めて、自分のやりたいことをやれるようになった。もう、お前には俺は必要ない」

「そんなことない!俺は……俺は……!」

晋助は伝えたい言葉を伝えられず、口ごもる。

彼は、そんな晋助の背を一度だけ叩いた。

「お前はもう、俺とは違う人生を歩んでる。好きに生きるといい。たとえ対立することがあっても、それも人生だ」

「銀空、どこに行くんだ!?」

晋助から離れて歩き出した彼に、晋助は精一杯の制止をかける。

彼は、振り向かずに。

「……俺は、どこに行くんだろうな」

ぽつりと呟いて、歩き続けた。

晋助は、その背を追いかけることは出来なかった。


神楽と新八は、歌舞伎町の郊外で、定春にもたれかかって倒れていた。

「全然見つからないなんて……本当に銀さんはどこに行っちゃったんだろう……?」

「もう日が暮れるネ。銀ちゃん、帰って、来るアルか……?」

朝からいなくなってしまった銀時。

丸一日探して、二人は何の手がかりも得ることが出来なかった。

「……帰ろう、神楽ちゃん。

あの人がもし帰って来てたら僕らがいなかったら心配するだろうし……

それにあの天パの帰るところなんて、万事屋しかないんだから」

たまに、何日か帰って来ないこともある。

それでも銀時は、最後には万事屋へと帰ってきてくれるのだ。

少し、神楽は考えた後。

「ウン」

頷いた。

そして二人は定春を連れて、万事屋へと帰って行った。



桂は、エリザベスを連れて、彼を探していた。

町の範囲はきっと新八たちが探すことを予想しているだろう。

だからきっと、彼らが行けるようなところにはいないと当たりをつけて。

二人に会ってから通して探し続けていた桂だが、それでも彼を見つけることは出来なかった。

休憩を取りながら、桂は昔に思いを馳せる。

彼と会ったのは何年前だろうか。

もう、二桁を数えたのが何年前かすら思い出せない。

それほど、突如現れたはずの彼は、酷くあの場所に馴染んでいた。

一緒に連れてきた奴が感情をとても表に出す者で、ケンカや言い争いの末に、何とか形にはまったことを、桂はよく覚えていた。

だが、彼は全く感情を表に出さない者で、ケンカも言い争いもしなかった。

形の変わる水のごとく、あの場所に合わせて変質していたようにも思える。

それが、桂が彼に抱いた印象だった。

その印象が変わってしまったとき、彼は。

桂は意識を現実に戻し、ふう、と息を吐く。

「さて、つらいが頼むぞ、エリザベス」

エリザベスがボードに“任せとけ!”と文字を書いて持ち上げた。

桂はそれを頼もしく思いながら、体を預けていた壁から離す。

「……お前が何を思っていたのか。今度こそ、その口から聞き出してやる」

桂は決意を口にし、再び彼を探すため、奔放し始めた。


男は、ゆったりと、建物に沿って、歩いていた。

横に顔を向ければ、すぐに夕日が目に入る位置だ。

ぼんやりと、夕日を見ながら男は歩き続ける。

「どこに行くのか、か……」

男は自分の手を見る。

記憶とは違うその手は、それでも男のものだった。

「あの真っ赤な夕日のように、何も変わらなかったのならば、俺はこうなることは無かったのか……?」


その手は、まっかに染まっていた。