四話 銀時が姿を消して、三日経った。 神楽たちは毎日探し回ったが、桂に会うことさえなかった。 お登勢や妙など、協力者がいたため、飢えることはなかったが、それでも彼らは目に見えて落ち込んでいた。 今は、二手に分かれて探している。 神楽は、町外れの丘に来ていた。 そこは神楽が銀時にねだって連れてきてもらった場所で、万事屋の面々で天体観賞した場所だ。 定春と共に木陰に腰を下ろし、酢昆布を無心で齧りながら、神楽はぼんやりと空を眺めていた。 雲がそこそこ多く、傘さえあれば神楽でも普通に外出の出来る天気。 風がそよそよと吹き、神楽の髪や定春の毛、木々の葉を揺らしている。 文句の言いようのない天気に、それでも神楽は文句をつけたい気分だった。 「いい天気だって、今の私には雨と一緒だヨ」 ぽつりと呟いても、誰も返事はしてくれなかった。 「銀ちゃん、どこに行っちゃったの……」 その搾り出すような悲鳴にも、やはり返事はない。 代わりに、定春が唸り声を上げる。 何かいるのかと、神楽も気を引き締めてあたりを見回した。 目の届くところに、人影は見当たらない。 動こうと思った瞬間、神楽は喉元に刀を突きつけられているのに気付いた。 「動くな。殺意はねえ」 かすかに聞き覚えのある声に、神楽は耳を澄ませる。 「“銀時”を、知っているな?」 それは確信を持って聞かれた、確認のためだけの質問だった。 「お前、あの時の船にいた奴アルな。銀ちゃんを知ってるアルか?」 一度だけ会い、数秒だけ会話した、もう二度と会いたくなかった奴。 それが、木をはさんで神楽と反対側にいた。 神楽としては不本意極まりない状況だが、 そいつが言った言葉に今一番気になる言葉があるため、そのままその状況を甘受した。 「……」 返事はない。 肯定の沈黙か、言うべきことを考えているのか。 「……お前にとって、“銀時”とは何だ」 その質問は、抽象的で、そして神楽が何回も自問してきた問いだった。 万事屋を居心地いいと思い始めた時、父親と離れ、ここに残りたいと思ったとき。 自分にとって、万事屋とは、銀時とは何かと、考えたのだ。 何度も出したその答えを、神楽は繰り返す。 「私にとって、銀ちゃんは家族ヨ。守ってくれて、守らなきゃいけなくて、無条件で信じられる、大切な人アル」 神楽は自信満々に言い放つ。 男は、く、と小さく笑う。 「何がおかしいアルか」 神楽はむっとし、何とか傘を向けようとする。 男は、刀を動かしてそれを制した。 「“あいつ”は帰って来ねえよ。絶対な」 くっくとカンに障る声に、神楽はますます苛立ちを募らせる。 「言いたいことがあるなら、はっきり言ったらどうネ。お前、それでも男アルか」 「“あいつ”は誰にも肝心なことは話してくれなかったぜ」 “あいつ”が誰を指しているかぐらいは、神楽にも予測がつく。 男は笑いを止めないまま、刀を引いた。 「“あいつ”を求めるな。“あいつ”はお前らなんか、求めちゃいない」 刀が引いたのを確認して、神楽は慌てて傘を構えて木の裏側に回る。 そこには誰もいなかった。 晋助はキセルから煙をふかしながら、路地裏を歩いていた。 その威圧に気圧されてか、声やちょっかいをかけるものはいない。 晋助はそれを当たり前のものとして、悠々と歩く。 「高杉!」 だが、突然かけられた声に、晋助は足を止めた。 聞き馴染みのある過ぎるその声に、晋助は振り返ることなく答える。 「……ああ、ヅラか」 「ヅラじゃない桂だ!貴様、“あいつ”を見たな!?どこだ!?」 律儀に訂正してから、桂は本来の用件であることを尋ねた。 走り回っていたせいか、その息は若干荒くなっている。 隣に立っているエリザベスも、息を切らしていた。 切羽詰ったその様子を見ても、晋助はのんびりとキセルをふかした。 「……ああ、会ったぜ。もう、どこにいるかは知らねーけどな」 いまいち薄い反応に、桂が首をかしげる。 「何があった。“あいつ”に一番執着していたのはお前ではなかったか」 晋助は、後ろからかけられた言葉をゆっくりと飲み込んだ。 それから数度頷く。 「執着、執着……そうか、これは執着と呼ぶんだな」 満足したように、晋助はもう一度キセルをふかす。 落ち着かない桂は、その様子に怒りを見せる。 「高杉、聞いているのか!何があった?何があって“あいつ”が現れた!?」 「さて、な。何となく見当はついてるが、お前に言う義務はねー」 晋助はそう言って、再び歩き出そうとする。 桂はそれを止めようとした。 「待て、高杉!まだ会話は終わってない!」 「終わったよ。俺が話す気がねーんだから。会話は、両者の同意のもと、行われるものだろ」 そういえばそう教えてくれたのも“あいつ”だったと、晋助はぼんやりと思い出す。 詰め寄る桂をかわして、晋助は暗がりへと向かった。 「高杉!」 なお止めようとする桂に、晋助が大きなため息をついた。 「ヅラぁ、“銀時”の連れのガキどもがいるだろ。あいつらはダメだ。あいつらがいる限り、“あいつ”は戻って来ねーよ」 晋助は徐々に暗がりへ消えていく。 桂は逃すまいと手を伸ばした。 「待て!」 だが、その手は虚空だけを掴む。 どこからか、晋助の声が響いた。 「“銀空”が戻ってきた。“銀時”はいなくなった。“銀空”の居場所は、ここじゃないどこかにある。 それでいいじゃねーか。だから、もう“あいつ”に近づくな」 それきり、晋助の声は聞こえなくなった。 桂は、晋助の言葉の意味を、じっと考えていた。