五話 「それでその人は、どこに行ったの?」 「分からないネ。気がついたら、いなくなってたヨ」 神楽は、丘の上で会った人物について、新八に打ち明けていた。 しばらく自分で意味を考えていたのだが、全く答えが出ず、行き詰ったからである。 しかし、新八もあまり意味が分からないようで、首をかしげた。 「銀さんのことなら、桂さんに聞くのが一番かな。よし、神楽ちゃん、もう一回桂さんを探しに行こう」 新八が立ち上がる。 それなりに古い知り合いだと、桂も銀時も互いをそう称していた。 彼について聞くには、身近な人物の中では一番適しているだろう。 「ウン。定春、行こ」 「ワン」 定春に呼びかけて、神楽は立ち上がった。 そして外に出ようと新八が玄関の戸を開けた瞬間、何かにぶつかって、新八は変な音を上げた。 新八が何だろうと顔を離して見上げれば、そこには今、探そうとしていた人物がいた。 「桂さん!」 「む、お前達、出かけるのか?その前に聞きたいことが」 「定春!」 桂が言い切る前に、神楽が遮って定春に命を出す。 定春は勢いよく、桂に飛びついた。 がぶりと潔い音が聞こえる。 桂の頭に定春の歯が食い込んでいた。 「よーし、定春!絶対に離しちゃだめアルよ!」 「ふぁん!」 桂をくわえたまま、定春が返事をする。 何がなんだか分からず固まっている桂を、新八と神楽が定春ごと家に引っ張り込んだ。 定春にかまれたままの桂、その横で静かにたたずんでいるエリザベス、 そしてその正面に新八と神楽が座った。 「今度こそ、荒いざらい話してもらうネ」 「神楽ちゃんが会った、気になる言葉を残していった人のことも、教えて貰いたいですね」 すさまじい威圧感を放っている二人に、桂は思わず後ずさりをしたくなる。 が、定春がそれを抑えていた。 仕方なく桂は、とりあえず二人と会話してみることにした。 「気になる言葉を残した者、というのは?」 「神楽ちゃんがさっき会ったそうです。 銀さんは帰って来ないとか何とか言うだけ言って、姿をくらましたとか」 「! 高杉か!?」 その人物に心当たりがあった桂は思わず声に出す。 それを聞いて、神楽と新八は顔を見合わせてにやりと笑った。 「やっぱり知ってるアル」 「話してもらいますよ、桂さん」 その企み顔は、嫌と言うほど見飽きていた桂は、たらりと汗を流した。 とにかくその気になる人物、桂の考えでは高杉、と交わした会話を詳しく聞く。 そして桂は、再び頭を悩ませた。 「分からん……俺とお前らが言われたことはほぼ同じだ。 銀時ならともかく、俺にはあいつの行動は予測が付かん……」 「そう、それですよ。桂さん、この前“銀空”って言ってましたね?それは誰なんです?」 「言っとくけど、洗いざらい吐くまで逃す気はねーぞ」 神楽が骨を鳴らしながら睨みつける。 さすがに夜兎の全力攻撃をこの状況で食らっては、命が危うい。 桂はそれが分かっていながらも、やはり迷っていた。 話すべきかどうか? 話しては、彼ら二人を巻き込むことになってしまう。 彼についての話の軸は常に十数年前のことだ。 二人には関係のない話である。 「まさか、僕らには関係ないとか思ってるんじゃないでしょうね」 考えを読まれたかのようなそれに、ぎく、と桂はびくつく。 その反応でそれが分かった新八は、きっ、と桂をにらみつけた。 「関係なくないですよ。僕たちは、確かにあの人のことを何も知らない。 知ろうとも思わなかったし、それでもいいと思っていました。銀さんがそこにいる。 僕たちは、何よりもそのことを必要としてたんですから」 「銀ちゃんがいる場所が、私たちの帰る場所ネ」 神楽と新八は見事な連携で言葉をつむいでいく。 最後に、新八はこう締めくくった。 「だから、銀さんがいる場所へたどり着くためには、何だって受け止める覚悟は、とうにできてます」 だから教えろと、新八と神楽は目でそう伝えた。 家族。 新八と神楽が銀時に思うこと。 桂はその言葉が、彼にとってどれほど重い言葉なのかは計れない。 だが、銀時にとって、どれほど大切な言葉かを知っている。 「……」 あの時そこにいた彼を知らない。 あの時そこにいた銀時を知っている。 「……」 桂は、大きく息を吐いた。 「……俺は、“あいつ”のことをよく知っているわけではない。 あくまで俺が見た“あいつ”だ。それでも構わんか?」 その言葉に、新八と神楽は再び顔を見合わせて笑った。 「もちろんです!」 「早く、早く教えるアル!」 二人で桂を急かす。 桂は何から言うべきかと、思考をめぐらせた。 長い話になる。 その前に、結論を言ってしまった方がいいか。 うむ、と桂は頷き、口を開いた。 「俺が言っている“あいつ”、“銀空”は…… 今となってはこう言っていいのかも知らんが……銀時の主人格だ」 「……え?」 飲み込みにくいそれに、二人は首をかしげる。 桂はもう少し噛み砕いて、それを二人に伝えた。 「銀時は……いや、銀空は、銀時というもう一人の人格を持った、二重人格者だ」