小話閑話集1 1.お礼 「ありがとう、万事屋のおねーちゃん」 そう言って、子供は去っていった。 あとには呆然と立った神楽が残される。 「銀ちゃん、銀ちゃん」 神楽はそばに立っていた銀時を見上げて言った。 「今、あの子、お礼言ったヨ」 心底不思議そうに見上げてくる神楽に、銀時はとりあえずこう返した。 「ああ、そうだな。んで、それがどうかしたか?」 「何でお礼言ったアルか?」 「あのなー、助けられたら礼言うのが普通だろ」 「フツー…」 そう呟きながら、神楽は、子供の去っていた方を見つめる。 銀時は、その姿を無表情で見ている。 (ああ、そうか、コイツは) ただ、心の中だけで、想った。 「人を助けたら、お礼言われるアルか」 顔は向けず、独り言のように言った神楽に、銀時は頭を撫でながら言ってやった。 「そうだよ。それが万事屋だ」 すると、神楽は喜色満面で振り向いて、銀時に飛びついた。 「おめっあぶねーだろ!」 「アタシ、万事屋で良かったアルよ!」 注意を促してから、飛びついてきた神楽の頭を、もう一度撫でてやった。 2.酒 「どーすんだイ、銀時。あのチャイナ娘に加え、あんなでかい犬、アンタに養えるのかい?」 「こーなった以上、養うしかねーだろ」 深夜、お登勢のスナックで安酒を傾けながら銀時がそういった。 「なんでそう、自分に利がないことばかりすんのかね」 お登勢はため息をつきながら、他の客に酒を注ぎ足しに行った。 「ほんと、何でだろーなー…」 スナックではないどこかを瞳に映しながら、銀時は残った酒をあおる。 冷たい酒で喉を潤しながら、ほろ酔いによる熱を感じていた。 3.笑顔 「それで姉上、銀さんも神楽ちゃんも、まともに掃除しないんですよ。有り得ないでしょ?」 朝帰りした妙と朝食をとっていた新八は、ふと、笑う妙を見てはしを止めた。 「姉上、どうしたんですか?」 何がそんなにおかしいのだろう、と首をかしげる。 その新八を見て笑いを深めながら、妙は言った。 「あなたをあそこで働かせてよかったなと思って」 「はい?」 新八は妙の意味するところが分からなくて、目を見開いた。 自分は愚痴しか言っていなかったというのに。 「だって最近の新ちゃん、すっごく生き生きしてて……とても楽しそうよ」 その言葉に、今度は固まる。 笑いながら自覚はないのかと尋ねる妙に、新八は答えることができなかった。 4.空 「おーい神楽、ちょっとこっち来い」 定春にエサをやっていた神楽は、呼ばれてベランダに出た。 「何あるか、銀ちゃん」 「おめ、確か青い空は太陽があるから仰げないとかどーとか言ってたよな」 それは神楽がここへ来た時に言ったものだった。 「そーアルけど、それがどうかしたネ」 それは夜兎の宿命であるから、どうあっても変えることができない。 「今なら好きなだけ青い空は拝めるぞ」 「!?」 昼下がり、日が少し頂上を越え、家の後ろ側に隠れていた。 つまり、空は青いが今いる場所は日陰である。 肌に直接日光は当たらない。 確かにこれならば問題はなかった。 気づいた神楽は、あわてて手すりに駆け寄って、空を見上げた。 「青ーい……」 小さい頃から、何度も拝み続けたいと願った、青い空は、そこにあった。 「太陽のある空はさすがに無理だろうから、それで我慢しろよ」 太陽はなくても、とても暖かい気がして、神楽は空を見つめながら笑った。 5.傘 「あー、ひでぇ雨だなー」 「なんだ銀さん、傘持ってこなかったのかい」 依頼を済ませ、いざ帰ろうとして雨に遭った銀時は、軒下ため息をついた。 「だって結野アナがよ、今日はよく晴れるって。実際晴れてたし」 「違う天気予報では、午後から雨って言ってたぜ。天気予報は数を見た方がいいよ」 「嫌だね。俺ァ結野アナの天気予報以外見る気はねー」 ちょっとそっぽを向いてみたところで、雨はやまない。 「1本千円で傘貸すよ」 「たけーよ! それなら普通に傘買った方が安いわ! てめー、依頼料ケチった上にぼったくる気か!」 「濡れるのとどっちがいいかい」 少しだけ考え、濡れたほうがマシだと言おうと思って。 遠くに最近見慣れるようになった姿を見つけて、やめた。 「ん? どうしたんだい、銀さん」 会話を打ち切った銀時を、男が訝しげに見ると。 泣き笑いのような、けれど確かに笑顔で、こう言った。 「いらねーや」 「そうかい」 その視線の先にあるものを見つけて、男も笑った。 6.冷蔵庫 「うー気持ち悪。いちご牛乳、いちご牛乳っと…」 酒を飲んで酔っ払った銀時は、口直しをしようと冷蔵庫を開けた。 だが、そこに目的のものはなく。 代わりに、野菜などの食材と、隅っこに紙が貼ってある牛乳。 “こっちの方がカロリー少なくて安いんでこっち飲んで下さい” それとついでに目に入ったのは。 “神楽用。食べたら半殺しアル” と書いてある酢昆布。 冷蔵庫を開けたまま、少し固まって、それから。 「ったく、酢昆布冷蔵庫に入れるなっつの」 そう言いながら笑って牛乳を取り出した。