小話閑話集4 16.星 「銀ちゃん、星見たい」 それは本当に思い付きだった。 天気予報で、今夜はよく晴れるだろうって聞いて。 何となく、星が見たい、と思っただけだ。 「星だぁ?」 銀ちゃんはジャンプから顔を上げて、なんだいきなり、と言った顔をした。 「ウン、今日、天気いいんでしょ?それ聞いたら、なんだか星が見たくなったアル。 星が見えるとこ、連れてって」 「星かあ。郊外まで行かないといけませんかもね。歌舞伎町の夜は明るいですから」 新八が皿を洗いながらぼやく。 むしろ夜こそ本領を発揮する歌舞伎町では、星が見えるほど暗くなることはめったに無い。 実際、ここに住み始めて大分経つが、満天の星空なんて見たことが無い。 「お前、こっち来る時に宇宙で散々見たんだろ。何で今更」 「見たくなった。それだけネ」 だから連れてって、というと、銀ちゃんはめんどくさそうな顔をした。 しばらくぼりぼりと頭を掻いて。 分かってる。 嫌そうにしながら、この人は結局。 「……しゃーねえな。夜なったら出かけっぞ」 「やったネ!銀ちゃんありがとう!」 優しいのだ。 感極まって抱きつくと、ぐえ、という音がした。 17.天体観賞 神楽ちゃんの希望で、夜八時ごろに三人で、あと定春を連れて万事屋をでた。 星が見たいらしい。 最後にまともな星空を見たのはいつだっけ、と思い出そうとしたけれど、思い出せなかった。 とりあえず、父上が死んでから、見てない気がする。 銀さんが穴場があるというので、半信半疑でついていった。 そこは、歌舞伎町からは少し離れた丘だった。 意外と町の光って届かないものなんだな。 後ろをふりむいてそう思っていると、神楽ちゃんが声をあげた。 顔を戻せば、前方に盛り上がった丘の影。 「銀ちゃん、あそこてっぺんアルか!?」 「そーだよ。走んな、こけんぞ」 それでも神楽ちゃんは定春と一緒に走り出した。 銀さんが走んなって言ったばかりだろ、と呟く。 銀さんと後からゆっくり登って、空を見上げた。 「わあ……っ!」 本当に、綺麗だった。 端から端までの満天の星空。 きらきらと輝くそれは、ちょっとベタかもしれないけど宝石のようだ。 銀さんの穴場、という言葉はどうやら嘘じゃなかったらしい。 「銀ちゃん、星、綺麗アル!ありがとう!」 「はいはい……ったく、見飽きたもんのどこが楽しいんだか」 どかっと草の上に腰掛けて、空を仰いでいた。 銀さんは呆れているけど、それでも神楽ちゃんがとても嬉しそうに。 「一人で見るより、ずっと楽しいヨ!」 そう言った。 でも、銀さんは何も言わなかったから。 「そうだね、やっぱりみんなで見た方が楽しいよね」 代わりに僕が答えた。 定春が同意のつもりなのか、一吠えした。 それから、たっぷり時間を空けた後。 「……そうだな」 呟かれた小さな声に、神楽ちゃんと顔を見合わせて笑った。 18.逃走 うおお、今の足元ぎりぎりだぞ。 あいつ、絶対狙ってやがる。 ああ、くそ、今どのくらい迫ってきてるんだ。 気になって仕方が無いが、後ろを振り向いたらその分だけ距離が縮まるのは確か。 そろそろ息が切れそうだ。 いい加減諦めろよ。 もちろん、俺の方に諦める気はさらさらない。 そもそも俺に罪はない。 ……多分。 うお、掠った、弾が足掠った! くそ、余計なことを考えている時間すらない。 走れ、俺! 後ろを振り向くな! 前だけを見ろ! 今の俺に過去を振り返っている時間は無い! 「銀ちゃん待つネぇぇぇ!」 「給料寄越せええ!」 文句あんならお前達も働けチクショーっ! 19.カレンダー 大分薄くなった日めくりカレンダー。 結構こまめにめくっている。 時々、現実逃避に無意味にめくっている。 おかげでたまに、このカレンダーは全く正確じゃないときがある。 きっとそのせいだよな。 なんだか思ってたよりすごく薄く感じるが、きっと気のせいだ。 日付が思ってたより一ヶ月先なのも、きっと気のせいだ。 あいつらが来てからそんなに経った覚えなんてないんだから、気のせいだ。 忙しすぎて、日付感覚が曖昧なんだ。 ……多分。 20.迷子 困った、ものすごく迷った。 ここはどこだろう。 志村新八、十六歳、歌舞伎町の隅で迷子になってます。 近道しようと思っただけだった。 ちょっと建物の間を抜けて、数分ばかり時間を短縮しようとしただけだった。 某有名小説の出だしじゃないけれど、抜けた先は見知らぬ場所で。 戻ろうと思えば、自分がどこをどう通ってきたのかよくわからなくて。 そして今に至る。 どうしよう、誰かに助けを求めた方がいいだろうか。 この年にもなって迷子だなんてちょっと恥ずかしいけど、背に腹は変えられないし。 とりあえず誰か探そうとして、きょろ、とあたりを見回したら、頭に衝撃を感じた。 「んなところで何やってんだ、新八」 え、と慌てて後ろを振り向くと。 「銀さん!何でこんなところに!?」 「俺はパチンコの帰りですー。近道通って帰ろうと思ったら、お前が挙動不審に辺りを見回してるから」 「挙動不審って……まあ、否定はしませんけど」 あたりを見回していたのは事実だ。 確かに見様によっては怪しく見えるかもしれない。 どちらにせよ、助かった。 「……迷子になったんです」 「見りゃ分かる、アホ。おら、帰んぞ」 呆れたように息を吐いて、銀さんが歩き出した。 慌ててついていく。 「歌舞伎町は結構道が入り組んでんだよ。近道しようと思うなら地図持ち歩け、地図」 そうすりゃ迷わない、と銀さんは言った。 まあ、確かに地図があればとりあえず迷子にはならないかもしれないけど。 結構な数の路地を抜けると、万事屋のすぐ後ろに出た。 「あ、本当に近道だったんですね」 「迷わなけりゃな」 「う……すみません」 言い返せない自分がちょっと悔しい。 今度地図を持って、近道について研究しよう。 ようやくたどり着けた万事屋で、そんなことを思った。 僕が迷った辺りに、パチンコ屋がないことを知ったのは、その近道探しのときだった。