ぼんやりと、空を眺める。 空は青く、雲は流れていく。 風はやわらかく吹き、太陽は暖かい。 なんて平和なんだろうと、心から思う。 つい何年か前まで、血の臭いしかしない戦場にいたのが嘘のようだ。 いや、嘘ではない。 この手で、確かに多くの命を奪ったのだ。 それは、いくら願おうとも消しようのない現実、過去。 「はあ……」 この日は、いつだって憂鬱になる。 自分が、自分という異端が、生まれてきてしまった日。 大勢の命を奪った自分が、この世に生まれ落ちてしまった日。 自分がいなければ、何百何千の人間が、今を生きていたのかもしれない。 自分は、生まれてきてはいけなかったのかもしれない。 考えても仕方の無いことだとは分かっている。 自分は、生きようとしたのだ。 泥に塗れて、血に塗れて、どれだけの命を屠ろうと。 生きたかった。 死にたくなかった。 生きるためには、殺すしかなかった。 生きようとしたことに、後悔はない。 いつだって、生きていて良かったと、今あるこの命を大事には思う。 それでも、自分が奪った命を忘れていいというわけでもない。 自分は、これから先ずっと、この手で奪った命を忘れてはいけないのだ。 食らった命の分、生き続けなければいけないのだ。 生きている間に、せめて奪った命を悼むこと。 これしか、彼らのために出来ることがない。 たとえ、自己満足だとしても。 そして、それを行うのは、自分が生まれた今日にするというのが、毎年の恒例になっていた。 生んでくれて、ありがとう。 生まれてきてしまって、ごめんなさい。 命を繋がせてくれて、ありがとう。 命を奪ってしまって、ごめんなさい。 空へ向けた祈りに、返事は無い。 しばらく、それを続けていた。 不意に背後に気配がして、振り向かずに用件を尋ねた。 「こんなところまで来て、何か用か、ヅラ」 「ヅラじゃない、桂だ」 毎回毎回ばか丁寧に訂正する、昔なじみ。 こちらが何も言う前に、隣にどっかりと座った。 「探したぞ。まさか今回はこんなところでやっているとはな」 「誰かに見られるためにやってるわけじゃねーからな」 文句に、ぼそりと反論。 場所は、歌舞伎町のはずれ、知る人ぞ知る、実は星見観賞スポット。 少し小高い丘になっている、歌舞伎町ぐらいなら見渡せる場所。 意外と、見つかりにくいのだ、ここは。 来ようと思わなければ、人なんて訪れない場所。 まあ確かに、俺を探して、ここにたどり着いたのならば、相当探したのだろう。 「んで、何の用?」 「貴様のことだから、また一人で感傷に浸っているのではないかと思ってな」 そう、この昔なじみは、この毎年恒例行事を知っている。 気が向いた時には、こうして隣に座って参加していた。 「また参加しに来たのか?」 だから、こう聞いたのだが。 意外なことに、ヅラは首を振って否定した。 「今日は、貴様を呼びに来た」 「……どこに?」 まさか黄泉の旅路とかは言うまい。 本気で、シャレにならない。 「死者を、自ら殺したものを悼むなとは言わない。誰がどう思おうと、それは貴様の勝手なのだからな」 「質問に答えろや」 「だが、だからと言って、今あるものを蔑ろにしろするのも良くない」 む、これは質問の解答らしい。 どういうことだ? 訝しげにすると、背を押された。 「いいから降りろ」 訂正、突き飛ばされた。 もう一度言うが、ここは丘。 高いところの頂点。 つまりは、突き飛ばされれば坂道を転がることになる。 わずかに宙に浮いた時点で、体勢を整えて着地した。 「あっぶねーだろうが!」 「自業自得だ」 何が。 「ていうか、お前、それだけを言うためにこんなところまで俺を探しに来たのか?」 どうやら相手の用件は終わったらしい。 これだけで。 「頼まれたのでな」 誰に。 口を開く前に、べし、と顔に何か当たった。 「それをやるから帰れ。俺の宝物だ。大事にしろよ」 落ちてきたそれをキャッチする。 ……。 「ふざけてんのかテメー」 うまい棒チョコ味。 ふざけているとしか、思えない。 しかし、こいつは、いつだって本人はあくまでまじめにぼけやがる。 イコール、本気。 ため息をついて、坂を下り始めた。 適当にぶらぶらと帰路を辿りながら、不意にうまい棒の袋を開けた。 小腹が減ったから、食べようと思ったのだ。 何しろ朝から出てきたから、何も食べていない。 開けたら、中には紙が入っていた。 どうやって閉めたんだ、これ。 食べる前に、紙を取り出して読む。 その文字を読んだのと、叫び声が聞こえたのは、同時だった。 「あーっ!いた、新八、銀ちゃんいた!」 「どこ、銀さんどこ!」 ばたばたと、嫌でも見慣れた顔が走ってくる。 あの構えは突撃体勢だ。 避難するべきか。 いや、あの顔はどこまでも追ってくる顔だ。 とすれば、することは決まっている。 くしゃりと、紙を握り締めた。 今度は、俺からあいつに投げつけてやろう。 うまい棒。 何味にするか。 とびきりまずい味にしてやる。 この礼代わりに、とびっきりまずいやつを投げつけてやる。 それが俺なりの礼の表現だ。 今度、あいつらもあの丘に連れて行ってやろう。 きっと家に帰ったら、もしくは志村家にいったら、ごちゃごちゃと色々用意されているはずだ。 それから、朝からいなくなったことを、散々責められるのだろう。 そのお礼と謝罪代わりに、連れて行ってやろう。 口ではそう言わないが。 それも、俺なりの礼の表現だ。 今日の意味を変えてくれるだろう、あいつらへの、俺が出来る限りの礼だ。 そして今度は、三人、もしかしたらプラス一匹で、あの丘からまた空を見よう。 今日のようによく晴れた、でも星が綺麗に見える夜に、空を見よう。 きっと、今と同じ気持ちになれるはずだ。 飛び込んできた二人を、受け止めた。(神楽は正直かなりきつかったが) それから、次の言葉を予測して、笑ってやった。 ハッピーバースデイ。 生まれてきたことを、感謝する言葉。 この生を受けた日を、祝って (そう、生きていて良かったと、そう思う気持ちに)