我ながら悲しい性だ、と思いながら、銀時は手をひたすら動かす。 その手には泡立て器。 もう一方の手でボウルを抱えている。 その中には、今現在進行形で泡立てられている生クリーム。 要するに銀時は、生クリームを泡立てていた。 銀時の隣では新八が苺を切っている。 神楽はオーブンに入ったスポンジを必死に見つめていた。 つまるところ三人は、ケーキを作っている。 それはなぜか。 「銀ちゃん、新八、スポンジぷくーってしてるアル。開けていいアルか?」 「いや、まだ膨らんでる最中だからそれ。 それに一応時間決めて焼いてるんだから、それまではそんなにじっと見てなくて大丈夫だよ」 「まだかなー」 オーブンの中から香ばしい匂いが漂ってくる。 銀時も思わず鼻をひくつかせた。 「よし、苺切り終わった。銀さんの方はどうですか?」 「ん、ああ。もうちょっとだな」 全ての苺を切り終えた新八が、顔を上げる。 問われて銀時は、腕の中にあるボウルを見下ろした。 まだ滑らかだった。 「銀さん、自分で言い出したんだから、ちゃんとやってくださいね。 僕はトッピングの準備をしてきます」 新八はそう釘を刺すと、冷蔵庫の方に向かった。 本日は、十月十日。 銀時の誕生日である。 その日も特に仕事はなく、部屋のソファーで寛いでいた銀時だったが、 買い物から帰ってきた二人を見るなり、飛び起きた。 買い物袋には、普通に料理に使う野菜や肉以外に、 生クリーム、果物、小麦粉、チョコなど、 明らかに甘い何かを作るためのものがどっさり入っていたのだ。 二人曰く、お金がないから自分達でケーキを作ることにした、と。 その言葉に、銀時はすぐさま進言した。 (だってよぉ、まさかお前らだけにケーキ作りやらせらんねえだろが) 銀時は心中でぼやく。 神楽は言うまでもなく、新八もあまりケーキ類は作ったことが無いらしい。 本などの知識頼りの調理には、大いに不安を感じたのだ。 せっかく堂々と甘いものを食べられる誕生日くらいは、 普通のものを食べたかったので、銀時はこうしてケーキ作りを手伝っているのだ。 ぐだぐだと文句を呟きながらも、手馴れたその動きは速くて正確だ。 何しろお金がないのは、銀時にとっていつものことだった。 それでも甘味を欠かさないためには、 必然的にある程度自分で甘味を作れる必要があったのだ。 その時安かった材料から作っていたので、和菓子も洋菓子も一通り作れる、 もしくは作った経験がある。 自他共に認める甘党であるため、味の調整にも抜かりはない。 ので、銀時は甘味作りスキルが無駄に高い。 混ぜ具合から伝わってくる感触に、そろそろかと銀時は泡立て器を持ち上げた。 綺麗につのが立っている。 「生クリーム終了〜」 銀時がそういうのと同時に、オーブンが音を立てて止まった。 「鳴ったアル!焼けたアルね!」 神楽が手を叩いて取り出そうとする。 銀時はそれを止めた。 「待て、神楽。次は焼け加減の確認だ」 そう言って、銀時は竹串を取り出して、ケーキの中央辺りに斜めに刺した。 そしてすぐに抜く。 竹串の先に、僅かに生地がついてるのを見て、銀時は再びオーブンを閉めた。 「何で閉めちゃうの」 「まだ中央部分が生焼けだ。もう十分焼くぞ」 不満そうな神楽にそう説明する。 それに感心したのは、細々したトッピングの準備をしている新八だ。 「銀さん、ほんとに甘味作りには詳しいんですね」 「いっそケーキ屋でも開くアルか」 「その方が稼げるかも」 神楽が名案とばかりに手を叩けば、新八も割かし真剣そうな目で頷く 銀時はだるそうに首を振った。 「俺は自分が食べるために作んの。 見ず知らずの誰かのために振るう腕は持ってねーよ。自分一人で手一杯だったの」 「でもこれからは一緒に食べられるアルね」 神楽が何気なく言った言葉に、銀時は一瞬フリーズした。 新八もそんな銀時には気付かなかったのか、トッピングの手伝いに神楽を呼んでいる。 数秒して硬直が解けた銀時は、両手を挙げた。 「……参ったね」 そして小さく笑ってから、銀時はチョコ文字を書くのに苦戦している二人に加勢した。 「ちょっとそれ貸せ。俺がやってやるから見てろ」 神楽がチョコペンを握り締めて躊躇う。 「銀ちゃんの誕生日なのに銀ちゃんが書いてたら意味ないアル」 神楽は自分が書きたかったらしい。 チョコの周りに散っている小さなチョコの塊を見て、銀時は苦笑した。 「あくまで手本だ、手本。 俺ァこっちに手本で書いてやるから、お前らそれを参考にこっちに本書きしろ。 その間に俺はスポンジ仕上げてるから」 チョコの板を二枚用意し、銀時はそう言った。 神楽と新八は、それを聞いて嬉しそうに返事した。 「分かりました」 「銀ちゃん、早く書いて書いて!」 今度は神楽も快くチョコペンを銀時に渡した。 銀時はそれを受け取り一枚目のチョコに、手本を書いた。 銀時らしいその言葉に、二人は笑い声を上げる。 銀時もまた、満足げに笑った。 甘味、バンザイ。 遠回りな近道 (口で言わない言葉は文字に込めて)