影が、掻き消える。

ゆらゆらと、揺らぎながら。

何の音も残さず。

伸ばした手は、届かなかった。


がばりと、ヒナタは目を覚ました。

荒い呼吸を整え、うるさい鼓動を落ち着かせる。

それからすぐさま、隣室へと走った。

そこに望んだ姿がないのを見て、ヒナタは凍りつく。

「どうした、ヒナタ」

そのヒナタのすぐ後ろから声がして、ヒナタは振り返りざまに、彼に抱きついた。

声をかけたナルトは、それを難なく受け止める。

ヒナタが、自分からナルトに抱きつくことは少ない。

何しろ、彼女はナルトの微笑を真正面から見ただけで、赤面してしまうのだ。

その彼女が、そこまで積極的になることは難しいともいえる。

そのヒナタが、今、迷うことなくナルトに抱きついた。

どうやら少々様子がおかしい、とナルトがやや顔を顰める。

「どうした」

「ナルト、ここにいるよね、いるわよね……っ!!」

ヒナタが縋りつくように、ナルトを抱きしめる。

ナルトはヒナタを抱き返し、抱え込むようにして、

そのまま自室のベッドに転がり込む。

未だしっかりとナルトを抱きしめて放さない、ヒナタの背をさすった。

「夢見でも悪かったか」

現在は、早朝。

目覚めの時間。

昨夜の任務も当然夜中も半ば過ぎた頃に終わり、それから二人とも眠りについた。

その時は、普通だった。

そして今、目が覚めた途端、明らかな動揺を全身で表している。

とすれば、眠っている間に何かあったのだと考えるのが自然だ。

ナルトがいくらかさすると、ヒナタが口を開く。

「夢を見たの……あなたが、いなくなる夢を」

ナルトが、さらに顔を顰めた。

「揺れるように、揺らめくように。手を……伸ばしたのだけれど、

届かなくて……足が動かなくて、あなたが、そのまま……」

「ヒナタ」

遮るように言ったナルトに、ヒナタがびくりと震える。

ナルトはヒナタをさすり続けながら、少しだけ強めで、

しかし諭すような口調で言った。

「俺は、決してお前を手放さない。誓っただろう?」

「分かってるの、分かってるの……でも、怖くて、怖くて」

ヒナタの声が、少し涙声になっているのに、ナルトは気付いた。

「幻でも、夢でも……あなたが消えていく姿なんて、見たくない……っ」

ナルトは、ヒナタの体を少しだけ離す。

今にも泣き叫びそうになっているヒナタの口を、自らの口で塞いだ。

「ん……っ」

しばらく、そのまま続けて、

ヒナタの呼吸が苦しくなる少し前に、ナルトは口を離した。

それから、涙がたまっている、ヒナタの目元に手をやる。

「俺は、お前の泣き顔なんて見ていたくない」

涙を拭って、ナルトはヒナタを安心させるように微笑んだ。

それから、ヒナタの手を取り、その手を自分の頬に当てさせる。

ヒナタが小さな悲鳴を上げる。

「分かるか?」

ナルトが続ける。

緊張でか、少し息が荒くなっているヒナタは、

意味が分からない、と言った顔をする。

それを見て、ナルトは言い直した。

「俺がここにいるのが、分かるか?」

今度は、ヒナタは小さく頷いた。

手の先から、ナルトの体温が伝わってくる。

とても、温かい。

それからナルトは、もう一度ヒナタを抱え込む。

ヒナタはされるがままに、ナルトに抱え込まれた。

「怖くなくなるまで、俺の体温を感じていればいい」

そう言って、ヒナタの顔を自らの体に押し当てる。

少ししてから、ナルトの言葉の意味を飲み込んだヒナタは、顔を赤くしつつも。

「……うん」

ゆっくり目を閉じて、ナルトの体温と、聞こえる鼓動に耳を澄ませた。

とくん、とくん、と。


悪夢を洗い流すような音の波に、ヒナタはようやく小さく微笑んだ。


夢現の境目
(確かな存在証明)