気がついたら、とても冷たい場所にいた。 ひんやりとした冷気が漂って、まるで氷の上に立っているような。 でも、周りは真っ白で、何もなかった。 ここは、どこなのだろう。 よくよく考えれば、足も……浮いている気がする。 というか地面についていない? かと言って宙につらされているわけでもなく。 体が軽い。 やっぱり、浮いているという感覚がしっくり来る。 さて、もう一度思うがここはどこだろう。 どうしてこんな状態になっているのだろう。 こうなる前の状況が、全く思い出せなかった。 何をしていたんだっけ? どこにいたんだっけ? 全く、全く思い出せない。 そもそも、俺は、俺は……誰だ? ぼんやりと思った。 そこでようやく少し、思い出した。 そうだ、俺は、俺の名前は、―――だ。 でも、それはもう俺の名前ではないような気がした。 ここに来るときに、その名前をどこかにおいてきてしまったような気がした。 どこに? どこに? ……誰に? また少し思い出した。 それから順々に、幾つかのことを思い出した。 ああ、そうだ。 あいつの元へ置いてきたのだ。 あの時の感覚は覚えている。 自分の内側からゆっくり侵食されているような。 気付いた瞬間はとても怖かったけど、 その侵食しているものが何か分かったから、抵抗はしなかった。 徐々に、徐々に侵食されて、俺の中にあいつが広がっていって。 そうだ、そして俺はここに来たのだ。 ならばここは、空に浮かんでいた、あそこだろうか? 多くの仲間達が昇って行った、あの場所なのだろうか? だとするなら、あいつ……先にいってしまったあいつと、会えるのだろうか。 そこで、今まで何の反応もなかった周りから、反応があった。 僅かに声がした。 誰の、誰の声だ? ―――か、それとも? “―――――――” 声が聞こえた途端、体が急激に重くなった。 いや、さっきまでが不思議な状態だったので、 おそらくこれが正しい状態なのだろう。 体を支えきれずに倒れる。 頬が、地面に触れたのが分かった。 ……地面? 何で、地面。 それから頬に何かが当たったのが分かった。 冷たい。 冷たい。 冷たい? これは、水? いや、ぽつぽつと断続的に降り注いでいる。 雨、だろうか。 でも、雨は見えない。 地面も見えない。 ずっと、白い空間が広がっているだけだ。 でも、感じていた冷たいものは、この雨なのかなと思った。 さっきまでは気付いていなかっただけで。 冷たい。 寒い。 ここは、どこなのだろう? 雨があって、地面がある。 まさか、戻ってきたのだろうか? あの場所へ。 帰りたかった場所へ。 でも、何も見えない。 真っ白で。 真っ白で。 なんだか、とても怖かった。 と、またふわりと体が浮いた気がした。 だけど、さっきまでの状態とは違う。 何かに、誰かに、支えられている。 何に? 誰に? 分からないけど、なぜかとても温かい気がした。 その温かさを離してはいけない気がした。 その温かさに身を寄せる。 雨で冷え切った体が、少し温まったような気がした。 同時に、意識がまどろみ始める。 温かくなったからだろうか。 既に体はまどろんでいたようなものだったけど、 意識もそこに溶け込むように薄れ始めた。 ゆらり、ゆらりと。 次に意識を取り戻したのなら、周りにある何かを。 この温かさが“何”なのかを、見ることが出来るだろうか。 そして次に目覚めた時、俺は帰りたかった場所には帰れなかったことを知った。 夢心地の彼方 (さようなら、懐かしい世界)