公爵家の、自分に宛がわれた部屋で、コウはカレンダーを見やった。 もうすぐ、運命の年が来るのだ。 惑星預言に記された、この星の転機を迎える年が。 その時のために、コウは、仲間達と共に様々な予防線を張ってきた。 その結果が出る。 (歪みは、大きくなるな) 今、オールドラントは、この星には本来居得なかった存在を得て、 かつて辿らなかった歴史を歩み始めている。 ローレライという、時空を支配する存在によって。 本来辿るはずだった道をたがえた。 そのことが、オールドラントの空間を歪ませ始めていた。 時空間忍術の使い手であるコウには、それがよく分かる。 一年後、その歪みがとてつもなく大きくなることを。 その歪みはやがて、星の許容量を超えるだろうことも。 そしてその時、世界は“壊れる”のだ。 正確には、この世界の理とでも言うべきものが。 預言が。 コウは、小さく笑った。 コウは、仲間達は、それを目指しているのだ。 今は順調に進んでいるといえる。 まだまだ気は抜けないものの、コウはとりあえず少しだけ安堵した。 と、部屋の扉が叩かれた。 「はい。どうぞ」 コウが促すと、メイドが扉を開けた。 彼女は一礼してから要件を告げる。 「コウ様。公爵様がお呼びです」 「今参ります」 コウが頷くと、メイドはもう一度礼をしてから去っていった。 一言断り、許可を得てから、コウはクリムゾンの執務室に入った。 一礼をして顔を上げると、執務机に視線を落としていたクリムゾンも顔を上げる。 「待っていたぞ」 「何か御用でしょうか」 クリムゾンがもう少し近づくように言ったので、 コウはクリムゾンの机から少しだけ離れたところに跪く。 クリムゾンが見下ろす形でコウを見た。 「以前、お前の言っていた通りだ」 そうクリムゾンが切り出し、コウは少しだけ身じろぎした。 クリムゾンが続ける。 「ヴァン・グランツが教団内にて、不穏な動きを見せていることは確かだ。 協力関係かどうかまでは分からんが、 モースもそれに一枚噛んでいるらしいという報告も入っている。 現在は、引き続き私の手の者に監視させているが…… この先どう出るかまではまだ分からん」 そこでクリムゾンは一度言葉を切る。 コウは、少し強めの視線が向けられたことが分かった。 「お前は、知っているのではないか?」 「……」 「ヴァンやモースが何を企んでいるのか、 何に私の“息子”を巻き込もうとしているのか……答えよ、コウ」 コウは、顔を上げて、見上げる形でクリムゾンを見た。 その顔には、様々な感情がない交ぜになった表情が浮かんでいる。 コウは少しだけ口角を上げながら答えた。 「少なくとも、私は公爵様が未だ知りえていない情報を持っています。 そのことは、認めましょう。しかし、その情報を貴方様に教えることは出来ません」 「どういうことだ?」 クリムゾンが重ねて問うと、コウは少しだけ考えるようにしてから。 「まだその時ではないからです。この情報を伝えるべき時は、まだ来ていない」 時機、タイミング。 告げるべき、相応の時。 コウが、そしてコウの仲間が考えた筋書きには、 それを的確に読まなければいけなかった。 「その時は、そう遠くもありません。近いうちに申し上げる機会があるでしょう。 ……それまでは、どうかご容赦を」 クリムゾンはしばらくコウを見下ろしていたが、やがて一つ頷いた。 「分かった。今はそういうことにしておこう。 ……いずれ、話してはくれるのだな?」 「勿論」 「……下がっていい」 コウは一礼をしてから、部屋を退室した。 部屋に残されたクリムゾンはそれを目で追う。 (思えば、あれから五年か……) コウが、屋敷を訪れてから。 大分時は経っているはずなのだが、 クリムゾンは今でもその日のことを昨日のように思い出せる。 クリムゾンの息子が、誘拐から帰ってきて。 全ての記憶を失って、まるで赤子同然のようになって。 預言のこともあり、これから息子をどうすべきかと悩んでいる時に、 コウはやってきた。 それはそれは、唐突に。 その手に、終末預言を携えて。 それからは、クリムゾンにとって酷く多忙な毎日が続いた。 ダアトに監視を飛ばし、その預言の真偽を確かめさせ、モースの行動を洗わせて。 それとなく打診した国王がその結果を信じないのを見て、 クリムゾンは独自に手を回し始めた。 そうして世を知れば知るほど、預言の矛盾が見えてきて。 今まで自分がどれほど閉塞な世界にいたのかを、クリムゾンは思い知らされた。 そのきっかけとなったコウはといえば、ルークの使用人になることを希望してきた。 元より、屋敷に留まらせるつもりはあったが、 それはクリムゾンにとって予想外の申請だった。 だが、コウは、元々ルークのためにここへ来たのだと告げた。 終末預言から、ルークを守るために。 そうしてコウをルークに付けてみれば、 彼は瞬く間にルークの信用を得て、その確かな手腕で息子を育て始めた。 知識、知恵は非常に豊富で、武芸でも白光騎士団が足元にも及ばないほど。 人柄も誠実で、屋敷内のほかの使用人にも慕われているくらいだ。 それに気付いた時、クリムゾンはふと思った。 コウは、なぜルークを守るのかと。 そして、終末預言からルークを守った後は、どうするつもりなのかと。 コウがやってきて、五年の時が過ぎた。 だが、クリムゾンは未だにその答えを聞けずにいる。 「あと、どのくらい……お前は“此処”にいるのだろうか……」 クリムゾンは呟く。 だが、少なくともいつか“その時”は訪れるのだろうと、 クリムゾンは漠然と思っていた。 その時も、またそう遠くはないと。 そして、その転機となるだろう重要な時も。 「アクゼリュス、か……」 預言の年は近い。 夢物語の終わり (確実に迫り来る、終焉の足音)