「陽夢、何か欲しいものはあるか?」 ナルトがそう聞くと、陽夢は幾分ためらってから、遠慮がちに口を開いた。 「一つ、頼んでもいい?」 「もちろん」 ナルトが当然のように答えると、陽夢はまたためらってから、再び口を開いた。 「花が、欲しいの。出来れば――――がいいな」 「いらっしゃいませー。あら、ナルトじゃない。どうしたの」 店の扉が開き、店番をしていたいのは殆ど反射で決まり文句を口にした。 その開いた扉の元にいたのが、見慣れた同期だと知って、 いのは思わずそう聞いていた。 いのの持つ、ナルトのイメージでは、花屋なんて来そうもないからだ。 いのの質問に、ナルトはちょっと頬を膨らませながら答えた。 「花屋に来たんだから花を買いに来たに決まってるってばよ!」 どうやらいのが抱いた疑問に気付いたらしい。 言われてみれば当然のことだと、いのも頷いた。 「そりゃそうね。それで、何の花を買いに来たの?」 ナルトは店に入った時から、しきりに店内を見渡している。 見つけられないのかもしれない、と声をかけると、ナルトが唸った。 「んーと、んーと、――――の花を探してるんだってば。あるってば?」 ナルトから告げられた花の名前に、いのは思わず声を漏らしそうになった。 もちろん、その花を知らないわけではない。 有名な花だ。 だが、その有名さに問題があった。 「……あのね、ナルト。その花は……あんまり花屋には置いてないわよ」 いのがやや気まずそうにそういえば、ナルトはきょとんとした顔で。 「え?そうなんだってば?」 と、心底驚いたように応えた。 その余りにもあっけらかんとした様子に、いのは問い返す。 「あんた、その花がどういう花か知ってる?」 その花の意味を、別名を。 どういう時に用いられる花なのかを。 目の前の、明るい少年にはまるでそぐわないその心を。 すると、ナルトは先ほどの子供らしい驚きの顔を、少し、引っ込めた。 代わりに、どこか悲しそうな、辛そうな表情が、その顔に現れる。 いのが今まで見たことのない表情だった。 それを見た瞬間、いのは聞き返したことを後悔した。 知った上で、その花を探しに来たのならば。 そのつもりで、その花を探しているのならば。 「もちろん、知ってるってばよ」 詳しく聞くことは、相手の“何か”に触れる可能性があった。 いのは開きかけた口を、一度閉じた。 何度か息ごと言葉を飲み込んで、それから脳内の知識に検索をかける。 必要な知識を見つけ出すと、いのは今自分が出来る限りの笑顔で、ナルトに応えた。 「じゃあ、西の山の方に探しに行くといいわ。 確かそのあたりで、野生のが群生してたと思うから。 今の時期ならちゃんと咲いているだろうし」 いのがそういうと、ナルトは再びぱっと笑顔になった。 「ありがとってば!早速行ってみるってば!」 そして、勢いよく駆け出していく。 その背には、いのが先ほど感じたような、 いつものナルトらしからぬ様子はなかった。 いつもの、底抜けに明るくて、お調子者で、馬鹿で、 でもまっすぐな少年の姿だった。 いのは少しほっとしながら、その背を見送った。 「どこに、持って行くのかしら……」 作り笑いを消して、いのは小さく呟いた。 ナルトは、両腕いっぱいに花を抱えて、帰宅した。 そのナルトを、クオが出迎える。 「帰った。クオ、陽夢は?」 「今は起きておる。……また大量に買ってきたものだな」 ナルトの腕いっぱいの花を見て、クオが少し呆れるようにため息をついた。 ナルトは器用に靴を脱ぎながら首を振る。 「いや、この花、花屋にはそうそう置いてないんだと。だから、摘んできた」 時間が惜しいとばかりに影分身を用い、よりよい花を選りすぐったのだと。 その言葉に、クオは再びため息をついた。 ナルトのチャクラは常人の数千倍、そのチャクラで全力で影分身を用いたら、 軽く万人レベルの影分身が出来る。 かつ、ナルトは視力がいいので、いちいち屈んだりしなくとも、 自分の周囲十メートルくらいの花は確認できる。 「砂場から砂金でも探すつもりか」 「そんな大層なことじゃ……陽夢!」 歩きながらクオに応えていたナルトは、陽夢の部屋に近づくなり、 会話を中断して駆け寄った。 クオもその後からゆっくりと続く。 布団から体を起こした陽夢は、すぐにナルトに顔を向けた。 「お帰りなさい、ナルト」 「ただいま、陽夢」 応えながら、陽夢に、その腕いっぱいに抱えた花を見せる。 「持って来たぞ」 「こんなにいっぱい?どこで買って来たの?」 陽夢もその多さに驚いて、目を見開く。 ナルトは緩やかに微笑んで、首を振った。 「いや、花屋には置いてないらしいから、摘んできた」 「……ありがとう」 陽夢は少し驚いた表情を見せた後、笑ってそう言った。 クオが用意した水入りの花瓶にその花たちを挿して、枕元に置いた。 「だが、何でこの花なんだ?」 今まで理由を聞いていなかったナルトが尋ねると、陽夢はやや悲しそうに笑った。 「私は……視ることはできても、看取ることは出来ないから…… せめてもの、手向けにと思って」 ナルトはそれを聞いて、酷く複雑そうな顔をした。 クオもまた、二人の様子を眺めながらやや顔を顰めていた。 “それ”は、死者の花。 死者のための、死者に手向ける死者の世界で咲くといわれる花。 陽夢は、それを捧げたのだ。 自分の全く知らない誰かのために。 その誰かの元に、直接出向いて花を手向けることは叶わないから、 その“力”を通じて思いだけでも届くことを祈って。 「……すぎる」 「え、ナルト、何か言った?」 花を見つめていた陽夢が、ナルトの方を振り返る。 ナルトはその顔に微笑みを乗せて、首を振った。 「綺麗だな、と」 何がとは、言わなかった。 それは問わず、陽夢もまた、笑った。 「うん、綺麗、だね」 赤い赤い花が、揺れた。 夢枕に花束を (それはまるで花畑に囲まれていると見紛うほどの)