「――先生、早く早く!」

「置いてっちゃいますよ!」

駆けていく。

駆けていく。

たくさんの影が、駆けていく。

「誰が一番か競争しようぜ!」

「えー、それ大体予想ついちゃうじゃん!」

「とか言いながらお前も本気で走ってるだろ!」

空はとても綺麗に赤く染まっていて、風は少し冷たくて。

でも少しも寒くはなくて。

「ぼくもう疲れたぁ」

「ほら、もう少しだから頑張って走ろう」

むしろ、胸の辺りがほこほこと暖かい気がして。

「もう少しって距離かな」

「ちょ、それを言うなよ!」

「あとどれくらい走るの〜?」

それはみんながいるからだろうか。

それとも。

「お前らこけるなよー!」

「急いで帰ってもどうせ明日は補習だからな」

重なる悲鳴。

それでもその響きはちっとも悲しくなんかなくて。

みんな笑顔で。

それがとてもとても嬉しくて。

大丈夫、何にも心配はいらないんだって、そう思えた。

だって、“みんな”いるから。

やれないことは何もないんだって、信じられるから。

光り輝くような太陽の下で。

「よーし、みんな、行こう!」

今ならどこまでだって走っていける気がした。


ぼんやりと、目を覚ました。

視界に入ったのは、天井。

一瞬驚いたけど、よくよく見ればそれは見慣れた、私たちの部屋の天井だった。

むしろ驚いたほうが不思議なくらい、当たり前だったはずなのに。

「あ、乱太郎、目ぇ覚めた?」

「おはよぉ」

上から声が降ってきて、いつもの手馴れた動作で、

枕元に置いておいた眼鏡を手に取った。

そうしてはっきりした視界に映ったのは、やっぱり大切な二人で。

「おはよ、きり丸、しんべヱ」

「はよ。乱太郎がしんべヱより遅いって珍しいな」

「そうだね、いつもぼくが最後なのに」

きり丸はもう着替えていて、荷造りをしていた。

確か今日は、朝から子守のバイトがあるって言ってたっけ。

しんべヱはまだ寝間着だったけど、布団はたたんで、準備を始めている。

窓の外を見れば、その明るさが、

とっくに日の昇った時刻になっていることを知らせてくれた。

……なんて冷静に考えている場合ではない。

「ほんとだ、もうこんな時間!?どうして起こしてくれなかったの!?」

がばりと身を起こして、急いで準備を始める。

今日は私も、昼前に町に行く予定だったのだ。

きり丸たちにも、それを伝えておいたはずなのに。

「なんかさー、乱太郎が余りにも幸せそうな顔して寝てたもんだから、

起こす気が引けてさ」

「そうそう、乱太郎、何の夢見てたの?」

きり丸は、ややばつが悪そうに。

しんべヱは、ただ純粋な疑問を。

そうして、起きる前まで見ていた夢に、想いを馳せた。

「何の夢だったかなあ……あんまり覚えてないや」

酷くぼんやりとして、曖昧で。

揺らいでいて、ぼやけていて。

そういうと、しんべヱが残念そうにそっかあ、なんて呟く。

でも、一つだけ。

「あ、でも、“みんな”がいたのは覚えてる。“みんな”で一緒に、何かしてたよ」

何かは、覚えてない。

でも、確かに“みんな”一緒だった。

「“みんな”一緒で、すごく楽しくて、温かくて……

優しい夢だったような気がする」

照れくさそうにそう言うと、きり丸が、すこうし、目を細めた。

「いい夢だったんなら、良かったじゃん?得したな」

その言い方がいかにもきり丸らしくて、私は笑った。

「そうだね」

「夢は、いくらでも見れるもんね」

しんべヱも同意して、三人で笑い合う。

ひとしきり笑った後、ハッとして起き上がった。

「って、出かける準備しなきゃ!」

その言葉をきっかけにしたかのように、きり丸も部屋を出て行く。

「おっとオレもバイト行かないと。行って来るなー」

「行ってらっしゃ〜い。気をつけてね、きり丸」

しんべヱが、布団をたたみながらそれを見送った。

「しんべヱは今日は?」

私も慌しく着替えをして、布団をたたむ。

剛毛の髪と格闘をしながら、しんべヱは答えた。

「ええとね、伊助と食料の確認をしてね、団蔵と一緒に買い物にいくつもりだよ」

「そっか、しんべヱも気をつけてね!」

「うん、乱太郎もね〜」

懸命に髪を結っているしんべヱを置いて、部屋を出る。

水を汲み置きしてある水場に行って顔を洗って。

伊助が作ってくれたのだろう、作り置きしてあった朝食を取って。

薬とかの数を確認してから、庄左ヱ門のところに顔を出した。

何やら難しい顔をして、図面を引いている。

兵太夫の手伝いだろうか。

「庄左ヱ門、私も行ってくる!」

外出の報告をすれば、庄左ヱ門は顔を上げて、頷いた。

「ああ、町医者のとこに行くんだったね。気をつけて」

「ありがと!」

わたわたと、建物を出て行く。

庭(のようなもの)を掃除していた伊助が、見送ってくれた。

「行ってらっしゃい、乱太郎!」

「行ってきます!」


勢いよく地面を蹴って、私も駆け出した。


夢色ラプソディー
(“しあわせ”な夢を見ましょう?)