「うわあ……」

目の前に広がる、初めて見る光景に、思わず俺は声を漏らした。

仕方が無いと思う。

だって、だって。

本当に。

「綺麗だあ……」

その光景は、美しいと思ったのだ。

薄紅色の花びらが、多数舞う、その光景が。

走れば、たくさんの花びらに触れた。

まるで花びらの渦の中にいるようで、どこかくすぐったい。

「夕君、そんなに急いで走るとこけるよー」

走ったことで少し遠ざかった声が、後ろから聞こえてきた。

「平気だって!」

そうして、またその花びらの中を走った。

「絶好のお花見日和ですね」

「ああ、いい天気だ」

「私も夕と一緒に走ってくるアル!行こう、定春!」

走り回っていると、神楽姉が隣に並んだ。

そのすぐ隣に定春もいる。

「夕、桜は気に入ったアルか?」

「おう!すっごく綺麗だ!」

素直な感想を言うと、神楽姉が嬉しそうに笑った。

それから後ろを振り向いて手を振る。

「銀ちゃんたちも、早く早く!」

俺も一緒に後ろを振り向くと、銀さんと新八兄が苦笑していた。

「そんなに急がなくたって桜は逃げねえっつうの」

「僕たちはのんびり行くから。こけないように気をつけてねー」

二人で頷く。

それから前方少し向こうにある木を指した。

「夕、あっちの木まで競争しようヨ!」

「よーし、その勝負乗った!」

「その意気ネ。定春、合図よろしくヨ」

「ワン」

定春の鳴き声にあわせて、二人で駆け出した。

笑って桜の渦の中を全力疾走。

ちなみに結果は、俺と神楽姉を悠々と抜いて走り去った定春の一人勝ちだった。


「町外れまで来た甲斐がありましたね。花見の席独占じゃないですか」

「銀ちゃんは変にいい場所を知ってるアルね」

「神楽お前それ褒めてんのか」

「神楽姉なりの褒め言葉なんだよ、きっと」

特に大きい木の下で、敷物を敷いた。

少し風が吹けば、桜の花びらが舞って行く。

こういうのを、桜吹雪というらしい。

なるほどと思った。

俺は吹雪よりも、桜吹雪の方がいいな。

「あ、いたいた。皆さん、お待たせしました」

「あ、姉上、九兵衛さん、こっちです!」

「すまない、少々遅れた」

敷物に座って待っていると、妙姉さんと九兵衛さんがやってきた。

桜の花びらをほろって、場所を作る。

二人は礼を言って座った。

「ちょっと買いすぎちゃって。でも、本当にいい場所ですね」

「ああ、こういうのを穴場というのだろうか」

二人は買い物からそのままやってきたらしく、大江戸スーパーの袋を持っていた。

その中からいそいそと、お茶を取り出した。

「アネゴぉ、夕も桜の花気に入ったんだって!」

「あら、それはよかったわ」

妙姉さんが微笑む。

「夕は、桜の花を見るのは初めてなのか」

九兵衛さんが尋ねてきたので、頷いた。

「うん、初めて見た」

「ならば、今日が初めての花見ということだな。存分に楽しむといい」

「おう!」

九兵衛さんも微笑んで、俺も満面の笑みで返した。

銀さんと新八兄が持ってきた包みと、妙姉さんたちが持ってきたものを広げる。

弁当だ。

花見っていうのは、桜の花を見ながら、食事を楽しむものらしい。

ちなみに料理を担当したのは銀さんだ。

妙姉さんたちが担当したのは、飲み物。

妙姉さんに料理を作らせてはいけないと、銀さんと新八兄が必死に説得した結果の妥協点だ。

その破壊力は俺も身を以って知っているため、心の底からほっとした。

いざ、食べ始めようかという時に。

「銀時ぃぃ!このような席に俺を呼ばないとは何事だ!?」

あ、桂さんだ。

エリザベスもいる。

その手にはんまい棒を持っている。

もしかしなくてもあれで花見に参加するつもりだろうか。

「うっせーからだよ」

銀さんはうんざりと言った。

でも、それが二人なりのコミュニケーションなんだって、ようやく最近分かってきた。

「そうよ!どうして私を呼ばないのよ!私と貴方の仲でしょう!?」

あ、今度はさっちゃんさんだ。

この人とも、何だかんだで交流がある。

その手に持っているのは納豆だ。

いや、さすがに花見で納豆は食べないんじゃないかと思う。

「うぜーからだ」

こっちも多分、本音だと……思う。

それでも銀さんは無碍にはしないから(いや、ある意味してるとも言えるけど)、

こうしてまた来るのだ。

そう、この人たちは呼ばなくても来る。

どうせ来るのだから呼ばなくても同じなんじゃないかと、考えてるんだと思う。

まあ、面倒くさいが大半を占めてるとは思うんだけど。

そしてまだ、呼ばなくても来る人がいる。

「お、お前らこんなとこで何やってんの?え、花見?いいなあオッサンも入れてよ」

長谷川さんだ。

相変わらず無職のようだ。

だが、どん底というほど意気消沈というわけでもないらしい。

「嫌ヨ」

長谷川さんの要求に、神楽姉が嫌そうに即答した。

一分の隙も無かった。

「何で即答!?せっかくこれ持ってきてやったのに、何その仕打ち!?」

と、長谷川さんが手を上げて、持っていたものを示した。

何だろう?

……あ、お酒か。

でも、無職の長谷川さんにどこにそんなものを買う余裕があったんだろう?

そう思っていると、俺の視線に気付いたのか、答えてくれた。

「これなー、昨日は日雇いで居酒屋にいたんだけどよ、

その給料が金じゃなくて余りものの酒の現物支給だったんだよ、つまりこれだよ。

もうオッサン泣きそうだよ」

なるほど。

お金が欲しい長谷川さんにとっては悲しい仕打ちだよな。

だが銀さんは違ったようで、少し目を光らせて手招きした。

「仕方ねえ、仲間に入れてやるよ、酒を」

「酒だけかよ!?」

ちょっと酷かった。

まあそれはいいとして。

「面子はこんなものでしょうか。じゃあ、乾杯しましょうか」

妙姉さんがそう言ったところで、あれ、と思った。

妙姉さんがいるところにはいる、あの人の姿が無い。

呼ばなくても来る人の一人。

こういうときには追いかけてくると思ったんだけど。

その疑問を、妙姉さんがにっこり笑顔で解消してくれた。

「出掛けに動物を一匹ぶちのめして来たから、お腹が空いてしまったわ。さ、やりましょう」

……考えないことにした。

微妙な顔をしている新八兄も、多分同じことを考えている。

まあ、桂さんが来てるんだから、あの人が来てたら確実に一騒動になっただろう。

こんなところで、騒動なんて起こして欲しくないしな。

成人組には酒が盛られて、俺や神楽姉、新八兄の未成年組には、お茶が注がれた。

「「乾杯!」」

コン、とコップを鳴らして、各々食事に入った。

天気はいいし、桜は綺麗だし、銀さんのご飯は美味しいし。

いいよなあ、と思いながらいなり寿司に手を伸ばす。

これが花見というものなのか、と思いながら、そのいなり寿司を口に入れた。


適当に談笑しながら、食べていたら、お弁当はあっという間になくなった。

後は、飲み物を採りながら各々寛いでいる。

俺は、桜を眺めていた。

その俺の頭に、銀さんが顎を乗せた。

ちょっと酒臭い。

「おーう、どうした、夕。こんな目出度い席なのに、ちょいと暗い顔して」

なんだかもう殆どちんぴらみたいだったけど、

ちょっと暗い顔になっていただろうことは自覚していたから、答えた。

「うん、桜、綺麗なんだけど、いつか散っちゃうんだろうなあって思って」

それは、植物たる花の宿命だ。

ずっと咲き続けていることなんてできない。

それは分かっているのだけど、そう思ったらちょっと物悲しくなった。

桜の花が、とても綺麗だから、なおさら。

そういうと、銀さんから酒臭い息が吐かれた。

「散っちまってもいいじゃねーか」

え?

「桜の花が散って、夏が来て、秋が来て、冬が来て……

そうしてまた春が来て、桜の花も、また咲くんだ。何もこれっきりってわけじゃねーんだからよ」

年が巡って、また、桜は咲く。

それは、いずれ桜が枯れるのと同じくらい、当たり前のことで。

その当たり前のことに、俺はようやく気付いた。

「うん……だよな、そうだよな。また、咲くんだもんな」

「そーそー。だからお前もンな暗い顔してんなよ」

「おう!銀さん」

銀さんの顎から頭をはずして、銀さんの顔に向かい合った。

ちょっと体勢を崩して、それを持ち直しながら銀さんが尋ね返す。

「ん?」

「また花見しよう!」

「ったりめーだ」

二人で、笑い合った。


また花見をしに、ここへ来よう。

今日みたいに、お弁当もって、みんなで集まって。

賑やかに、みんなで笑い合える花見をしよう。

その時、きっと、桜は。

また綺麗に咲いていてくれるだろうから。

この場所で。

ずっと。


ずっと。


桜日和
(咲き誇れ!)