二十五話


ナルトはシカマルと病院を歩いていた。

それも、暗部棟ではなく、一般棟である。

『退院してすぐヒナは仕事だな』

『ああ。つらいだろうが……医療部隊の統括を担っている以上、仕方がない』

ヒナタを迎えに来たのだ。

きちんと退院許可証も貰っている。

日向家に帰るのはどうせ身代わりだからと、ヒナタ自身が迎えを頼んだのだ。

そこは一般棟の中でも、重傷者が入る棟だ。

そこでふと、ナルトは足を止める。

「どうした、ナルト?」

ナルトは宙を睨むように視線を固定している。

そして、方向を変えて走り出した。

「ナル……ト!?」

呼称を直しつつ、シカマルはナルトを追いかける。

「ついてこい、シカマル!」

「どこに!?」

行く先を言わぬまま、ナルトは走り続けた。


手が、伸びる。

その手には殺意がこもっていた。

横たわった少年は、ぴくりとも反応しない。

手が伸びて、伸ばされて……止まった。

「おい」

「こんなところで、何してやがる」

ドアの方向から、二つの声。

伸ばしかけていた手は引き戻され、視線を移した。

「お前達は……」

「そいつと、同期じゃあねえけど、まあ知り合い、だな」

「何をしようとした、我愛羅」

我愛羅は冷たい目で、駆けつけたナルトとシカマルを凝視した。

「殺そうとした」

「……」

「何のためにだ」

ナルトは何も言わず、シカマルだけが続きを促した。

「オレが殺しておきたいから殺すだけだ」

「……相当、いかれてやがんな」

聞こえた言葉に、シカマルがぽつりと呟く。

だが、ナルトは少しした後、首を振ってそれを否定した。

「……いや、そうでもない」

「え?」

「本当に、いかれた奴は、葛藤なんてしない。

それが自分の快楽のためだと知っていて、

なお躊躇せず人を殺せるような奴が……いかれてると言うんだ」

シカマルはその言葉の意味を考える。

そして、軽く視線をそらした。

「実体験か」

「まあな」

それについては、それ以上の論議は必要なかった。

ナルトはずっと我愛羅をまっすぐ見ている。

「生まれつき守鶴を取り付かされて生まれた生は……悲惨だったか」

ぴく、と我愛羅が反応する。

「殺さなければ殺される世界というのも分かる。俺もずっとそうだったからな」

シカマルはもう何も喋らないことにしたようだ。

しばらく間が開いた後、我愛羅はようやく口を開く。

「お前は何者だ」

「木の葉の人柱力、うずまきナルトだ。

お前は覚えてはいないだろうが、中忍選抜試験の本選に生き残ってるぞ」

また大分間が空く。

今度はナルトから続けた。

「幾つだったか、それなりに強くなるまで、俺も殺すか殺されるかの世界で育った。

だが、殺すことが存在意義だとは思わなかった。俺は生きたいと思っていたから」

ナルトは少しずつ我愛羅に近づく。

我愛羅は特に動こうとはしなかった。

近づいて、ナルトは我愛羅の手を掴む。

「生きたいと思った。生きるには殺さなければならなかった。

お前だって、最初はそうだったんじゃないか?」

「違う」

「何が?」

「違う、ちがう、チガウ!」

我愛羅はナルトの手を振りほどこうとしたが、ナルトはその手を離さない。

ナルトは、じっと我愛羅の目を見据えた。

「流されるな、従うな。自分の心で、自分が本当に望んでいるものを考えろ」

「……っ!!」

「考えろ、お前の望みは、何だ?」

次の瞬間、我愛羅は砂となって、リーの病室から消えた。

正確には、砂が窓の隙間から抜け出ていった。

その砂が青い空へと消えていくのを、ナルトは目で追って見届ける。

頃合を見計らって、シカマルはナルトに声をかけた。

「ナル」

「我愛羅と一尾のバランスが取れていない。あのままでは、いずれ一尾に心を食われてしまう」

ナルトは青い空を見上げたまま、応える。

「助けたいのか?」

「……ああ、そうだ。俺は我愛羅を助けたい……死なせたくない」

シカマルが今いる場所からでは、ナルトの顔は見えない。

だが、シカマルはあえて動こうとはせず、ナルトと一緒に、我愛羅が消えて行った青い空を見つめた。

「お前がそう願うのなら、それ以上の理由はいらない。俺たちは全力でお前を、我愛羅を助ける」

少しして、ナルトがゆっくりシカマルに振り向いて。

「ありがとう」


それだけ、言った。