二十六話


「いよいよ中忍試験は明日に迫った。

各国へ走らせている諜報部隊からは、砂と音が怪しいとの報告が上がっている。

……だが、こちらから行動を起こすことは出来ない。

よって必然的に行動は後手に回ることになる。

各自、決して気を抜くな。常に命争う合戦の場にいると思え」

煌の声が、森に響く。

暗闇に包まれた森には、あちこちに面をつけた木の葉の暗部たちが点在していた。

彼ら全員に届くように、煌は声を張り上げる。

「何があるか分からない以上、警戒は里全体に散らす。

連携はほぼ取れないと思っていいだろう。その点はよく覚えておくように。それから」

煌は一度言葉を切ってから、続ける。

「お前達も、また木の葉の里なのだということも忘れるな。

全力で里を、この里に生きる全ての人たちを……お前達も含めた全てを守れ。……死ぬな」

ざあっ、と一斉に暗部たちが跪いた。

そして、同時に口を開く。

「御意のままに、煌様」

意図したわけでもなく揃ったその声に、煌は少しだけ笑った。

「頼りにしている。散っ!」

煌の声を合図に、殆どの暗部がそこから消え、各自の持ち場に戻っていった。

煌の傍にいた、零班と零班分隊のみがそこに残る。

「お疲れ様です、煌様」

凛が煌をねぎらう。

煌は小さく苦笑した。

「いつまで経っても、慣れないな。さて、明日の配置はわかっているな?」

それから顔を引き締めて、零班を見渡す。

「復唱」

慧がそう言って、零班は頷き、左から口を開いた。

「銀羅、ぎりぎりまでうちはサスケの修行を行い、合流後は客席南」

「黒、客席北、特に火影様周辺の動向に注意を払う」

「刃、客席東、大名達の護衛中心」

「雪、客席西、同じく大名達の護衛中心」

「言、客席北、同じく大名達の護衛中心」

すらすらと告げられる配置に、煌が頷く。

それから視線で零班にも復唱を促した。

「凛、客席北、北方面全面、特に火影様の護衛」

「玲、客席南、南方面全面」

「慧、選手待機場所にて、砂の面々に注意を払う」

「最後に俺は、選手待機場所にて、全体に注意を払う……よし、全員大丈夫だな」

確認を終えて、煌はもう一度頷く。

「煌様は、中忍選抜試験で音と砂は何をするつもりとお考えですか?」

黒が尋ねる。

それには煌ではなく、慧が答えた。

「音と砂、というより、音や砂、だろうな。おそらく双方の動機は異なっている。

結果的な目的が一致しただけの同盟だろう」

「と、言うと?」

「雪が、砂の下忍三人と、上忍一人の会話を聞いてきた。

砂は、風の国が軍備縮小し始めたことによって、経済的に大打撃を受けている。

それを回復するため、大国である火の国の木の葉を狙ったとのことだ」

木の葉が滅べば、必然砂の力を誇示することが出来、

今まで木の葉が受けていた依頼の多くを受けることが出来るようになる。

それによって、経済や信頼を回復しようという魂胆なのだ。

「対しての音は、首謀者は大蛇丸。

こちらはおそらく、単に木の葉への恨み、執着……至って個人的感情だ。

里の経済がどうとか、そういうことは考えていないだろう」

「ということは、砂よりは音の方が厄介だと?」

「ああ、砂は状況が悪くなれば撤退ということもありえる。

だが音は、それこそ命尽きぬ限り攻め手を止めない可能性がある」

砂はあくまで里のための戦いであり、戦いで得られる以上の不利益を被るようなら、

無理して戦いを続ける理由はない。

だが、音は違う。

個人的感情による妄執は、状況悪化程度で治まるとは考えにくいのだ。

分隊が顔つきを引き締める。

「大蛇丸はおそらく、巨大な戦力を持つ砂を利用している。

音の忍は、前面に出てくることは少ないだろう。

だが、大蛇丸は裏で糸を引くのも元より、自分が前線に立って戦場をかき回すことも好む奴だ。

大人しく引き下がっているだけ、というわけでもないだろうな」

「……火影様、ですか」

「だろうな」

ぽつりとした慧の呟きに、煌は頷く。

すぐに零班の残りの二人、少しして分隊たちが目を見開いた。

その先は言わなくても、全員分かった。

大蛇丸は、三代目を狙って前線に出てくる。

大蛇丸は三代目の弟子らしく、詳しい事情は聞いていないが、

それなりに何かの理由があることは、簡単に推測が付いた。

「……俺は多分、砂の我愛羅……もとい守鶴と相対することになる。

会場、三代目の方はお前達に任せることになる……出来るな?」

それは、確認というより、確信だった。

出来ると、信じている。

そう、言葉が語りかけてくるかのようだった。

それによる言いようのない衝動に、全員が、きっちりと煌の前に跪いた。

「「煌様の、意思のままに」」


「しかし、里を出た時は、こうして敵対国について戦うとは思わなかったぜ」

「僕もです。それ以前に、こんなにのんびりした生活を送れることなんて……

二度とないと思っていました」

会議の後零班は解散し、各自の家へと戻った。

街中に、変化して家を借りている再不斬と白も、家へと戻り一息つく。

少し古いが家賃が安く、有事にはすぐに広い通りに出られる、絶好の場所だった。

もっとも、零班分隊として他の暗部以上に給料が出ているので、そう金に困ることはないが。

のんびりと、明日の任務に支障が出ない程度に酒を呷いでいた。

夜空は快晴、月といくばくかの星が見える。

「っとにな。暗部はそれなりに殺伐とした仕事場だってのに、

それ以外は自由で、いっそ拍子抜けする程だ」

白に応えながら、再不斬はまた一口飲んだ。

空を見上げ、大きな月を眺めながら、再不斬は口元を歪める。

「でもそれも悪くねえと思えるんだから、俺も末期だな」

嘲笑するように笑うと、白は微笑みながら首を振った。

「いいんですよ、これで。きっと……」

願いを込めるように語尾を濁す。

それを横目で見ながら、再不斬は酒を一瓶空にした。


「今夜は冷えるな」

「そうだね」

途中まで、と、カカシとアスマは一緒に歩いていた。

大体は下忍たちの教育について話している。

と言っても、アスマの班は今や全員零班で、もっぱらカカシ班のサスケとサクラについてなのだが。

「子供って、成長するの、早いよね」

「何だ、年寄り臭いぞカカシ」

「いや、最近なんだかそうしみじみ思うのよ。

サスケはぐんぐん力をつけるし、サクラも地道に修行を積んでるし」

中忍選抜試験までサスケの修行についていたカカシだが、

その成長度合にはやはり目を見張るものがある。

うちはの血筋か、はたまた本人の才能か。

どちらにせよ、師に当たる自分は、それを守り、伸ばす義務がある。

思考めぐらせついでに、過去にあった様々なことも一緒に思い出して、カカシは一つ息をついた。

「アスマんとこはもう手がかからない子ばっかりだから分かんないだろーけど、

弟子の存在って、大きいのね」

「はあ?」

なんだか勝手に思いをめぐらせ始めたカカシに、アスマは盛大に疑問符を飛ばした。

カカシはぼんやりと、空の月を見上げながら呟く。

「いやね、こう、主君を守るものとしてじゃなくて、

上司とか先輩として守るものがあるってのも、結構大きいものなんだなあって」

子供の頃は守られて、少し成長してからは同僚と共に戦い、そして今、子供を守る立場にある。

その立場の責任の、何と大きいことか。

そして、同時に守らなければという心もわいてくる。

それは主君を守るのとはまた違い、不思議な感覚だ。

温かいような、もどかしいような、こそばゆいような。

熱いような、鋭いような、確固たる思いとは違い、どこか不安定なもの。

でも、それでいいと思えてくる。

「先生や……もしかしたら煌様も、同じ気持ちなのかなあ……」

「お前、さっきから何言ってんだ?何で煌様の話になるんだよ?」

やはりカカシの言っている意味がよく分からないアスマは、続いて疑問を飛ばした。

なにやら勝手に思いを馳せていたが、それがどうして、自分たちが尊敬する主に繋がるのか。

するとカカシは笑って(顔の大半はマスクで見えないものの)。

「アスマにもいつか分かるって」

そう言ってはぐらかした。

アスマが首をかしげている間に、カカシは、あ、と声を上げる。

「じゃ、俺はサスケの総仕上げに行って来る」

「ん、ああ、よく分からないが頑張れよ」

とりあえず声援を送っておいて、アスマとカカシは別れた。

アスマがカカシの言葉を理解するのには、三年近い時間がかかることになる。


「ただいま」

こっそりと、チョウジは家に入った。

時刻はとうに真夜中の時間に入っている。

音を立てて起こさないように、とチョウジは細心の注意を払ったのだが。

「お帰り」

と、不意に声がして、でも誰の声かはわかっていたから、ゆっくりと振り返った。

「ただいま、父さん」

チョウジがにこりと笑うと、父のチョウザもにこりと返した。

「今日も、暗部の仕事か?」

「うん、正確には、会議だけだけど」

秋道家は、チョウジが暗部に入ったことを知っている。

煌と火影はチョウジの好きにするといい、と言ったので、チョウジは正直に話したのだ。

もちろん、同僚や上司については話していない。

それでも、チョウジの両親は、チョウジの好きにするといい、と特に反対はしなかった。

無理だけはしないようにと、念を押して。

チョウジも、その両親の言葉に込められた思いを十分に理解しているので、

ありがとう、と出来るだけ心を込めてお礼を言ったのだ。

「明日は、きっと色々あるんだろうな」

「うん、きっとね」

「後悔は、しないな?」

だから、確認するようなその声にも、チョウジは出来る限りの感謝を込めて、答える。

「うん、ボクは、ボクの大事な人たちを守りたい。後悔は、しないよ」

「そうか」

チョウザは笑って、チョウジの頭を撫でる。

「お休み。頑張れよ」

「お休みなさい、ありがとう」

チョウジも笑って、お礼を言った。


そして、夜は、明ける。