二十八話


しばらく煌は呆然と立っていた。

何か、自身でも全く理解できない衝撃を受けて、固まっていたのだ。

不意に反応をやめた煌に、ヒザシが不安そうに話しかける。

「煌さん?」

その声で、ようやく煌は意識を戻す。

暗部にあるまじき失態だ、と内心で舌打ちした。

だが、だからといってその内に芽生えた、何かが消えるわけでもない。

その何かの正体を見極めるため、煌はヒザシに話しかけた。

「あなたは……怖く、ないのですか?これから自分が殺されるというのに?」

すると、ヒザシは寂しそうな、だが、誇らしげな顔をした。

「殺される、のではないよ。

いや、実際的にはあなたに介錯をしてもらうことになるが……

それは火影様から与えられた任務だろう。

私は他人の悪意や殺意によって殺されるのでは、ない」

一度訂正して、ヒザシは言い直す。

それでも煌はその意味が理解できず、次の言葉を待った。

「私は、家族を……この里を守るために、自ら死を選ぶんだ」

「何の違いが、あるというのです」

「これは、他人が決めたことではない。私が選んで、進むと決めた道なんだ。

……生まれて初めて、選べた道なんだ」

最後の言葉に引っかかりを覚えて、煌は小さく首をかしげた。

その様子を見て、ヒザシはああ、と声を上げて小さく謝罪する。

「日向家の掟を、君が知るわけはないか」

それからヒザシは少し考える風にして、機密をもらさない程度に説明を加えた。

「日向家は昔からの名家だからね、その血を守るのに、色々掟があるんだ。

その一つに……今まで私はずっと縛られて、自分の生き方を何一つ選べずにいた」

煌は無言で続きを促す。

「けど、ここにきてようやく……

里のために兄さんが殺される、と聞いて、ようやく分かったんだ。

私がしたかったのは、私が本当に守りたかったのは、掟や家じゃない……

家族や友人、この里……大切なものたちだったんだって。

私は……私の意志で、兄さんを死なせたくないと、兄さんを守りたいと決めたんだ。

そのために死を選ぶと、決めたんだ」

それでも煌は小さく首を振る。

「……分かりません。どうして、死ぬのが怖くないのですか」

するとヒザシは、右手を差し出した。

「怖いよ。とてもとても。

兄さんは無理やり気絶させてしまったし、私にはまだ小さい息子がいる。

あの子をこの家に残していくと思うと、とても怖いよ」

その手は、とても震えている。

死にたくない、と震えている。

「なら、なぜ」

思わず口に出した煌に、それでもヒザシは誇らしげに伝えた。

「死ぬのが怖いと思う気持ちよりも、大事なものを守りたいという気持ちの方が強いからさ」

また、何かの音がした。

それを振り切るように、搾り出すように煌は声を出した。

「でも……所詮は忍の世界……殺し合い、苦しめ合い……

みな、忍として生まれたものは、任務を背負い、殺した者たちの恨みをその手に死んでいく……

そこに、個人感情をはさむことは、出来ないのでは?」

「そうかもしれない。

でも、死にいく時にその手に握っているのが、恨みだけとは限らないだろう?

自分勝手かもしれない、喜ばない人がいるかもしれない。

それでも忍たちは、譲れない思いをもって、それぞれの守りたい何かを守るために戦うんだ。

そして、死んでいく。

その時、その忍には今まで殺した人たちの恨みしか残らないわけじゃない。

たくさんの、今まで持ち続けてきた“何か”をもって、死んでいくんだ。

そして“何か”を大切な人たちに残して死んでいく。

そうして私たちは、生きてきた。

そうやってこれたと、私は信じている。

そしてこれからも、そうやって彼らは生きていくんだよ。

生きていけると信じているんだ。

私たちは、生き方を選べるんだ」

ヒザシは、煌に優しく微笑みかけた。

「君は、きっと私よりもずっと若いね。

どうか君にも、君なりの生き方を見つけて、選んで、その道を信じて生きて欲しいよ。

まあ、今言ったことの大半は、受け売りなのだけれど」

「どなた、ですか……?」

「今は亡き、里を守って亡くなられた……四代目火影様だよ」

ぱきんと、今度は確かな音がした。

何かが、割れたような音だった。


介錯の時間が迫っていた。

煌は、既に愛刀となった、本来の姿には不釣合いな両刃の双闇を手に取る。

「お願いするよ、煌さん」

ヒザシは、姿勢正しく座っている。

立会いには、ヒアシ以外の何人かの日向の人間と、三代目火影のみ。

煌は、一歩ずつ、ヒザシに近づく。

「最後にお聞きします」

煌は、面の下からヒザシに視線を向けた。

「あなたは何を持って死にゆき、何を残しますか?」

何人かの人が驚く声が聞こえた。

三代目がそのざわめきを制す。

ヒザシは、見上げる形になった煌に向かって。

「私は、日向ヒザシは、大切なものたちを守った誇りを持って逝き、

最愛の息子、ネジと……あの子とこの里すべての者たちに、生きる道を選ぶ心を残します」

その言葉の意味が、正確にわかったものがどれだけいるか。

ぽたり、と静かな音がした。

煌とヒザシから離れている者には聞こえないほどの、小さな音。

それでも、煌はその音の原因がわかっていた。

目を、胸を熱くする、その音の原因を。

自らの頬を伝うその正体を。

だからこそ、煌はその手に力を込め、意を決した。

煌は、双闇を振り上げる。

「日向ヒザシ……あなたの思い、確かにこの煌が受け取った!」


ザシュッ


(だから……)

ナルトは痛む箇所を押さえながら、それでも立ち上がってネジを睨む。


(お前の暴走は、俺が絶対に止める!)