二十九話


何度でも立ち上がってくるナルトに、ネジがついに怒りだした。

「一生拭い落とせぬ印を背負うものがどんなものか、お前などに分かるものか!」

その瞬間に鋭くなった気配に、ナルトはすぐさま印話を繋いだ。

『全員動くな!』

それだけ言って、すぐ切る。

繋いだ先は、もちろん零班の分隊を含めた面々全員だった。

盗聴防止のため一瞬だったが、こうでもしなければおそらく押さえきれない者がいただろう。

案の定、幾つかの客席近くで、懸命に動くのをこらえている零班面々がいた。

(ネジ兄さん……今、言っちゃいけないこと、言ったわ……)

(アンタなんかに……アンタなんかにナルの何が分かるってのよ!)

(俺も危なかったが、いのとヒナも相当だな……)

(カカシのやつがここにいなくてよかったな……)

(みんな大丈夫かな)

各々が何とかこらえきったのを感じながら、ナルトは一つ深呼吸をした。

(木の葉の里を生きてきた“うずまきナルト”としても、

ヒザシの最期を見届け、介錯を務めた者としても、

木の葉を守る暗部の“煌”としても、俺個人としても)

一応、“うずまきナルト”としてヒナタのことを言ってから、ゆっくりと、印を結んでいく。

(こいつは、絶対に倒す!力を借りるぞ、九奈!)

ず、とナルトの体に変化が起きた。

閉じたはずの点穴の中心、ナルトの腹辺りから、チャクラが漏れ始める。

『ナル……私の力は、いつでもお前に貸そう。思う存分にやると良い』

チャクラが、ナルトの体に充満した。

ネジが驚いてナルトのチャクラを白眼で観察する。

その時、言い知れぬ悪寒を感じて、ネジは無意識のうちに一歩後退した。

ナルトが引き出したのが九尾のチャクラだと知って、忍の大半が目を見開く。

もちろん、九奈の存在を知っている面々としては、久しぶり、くらいの感覚しかないのだが。

ナルトは九尾のチャクラを身に纏って、ネジに突進していく。

ネジも当然応戦したが、九尾の力を使っている“うずまきナルト”は、格段にスピードを上げていた。

そして、ナルトはそのチャクラを身に纏ったまま、ネジに突進する。

ネジはそれに対抗すべく、回天を始めた。

そして、九尾のチャクラと回転するネジのチャクラがぶつかりあって、衝撃が発生する。

『ナル!』

『おいおい、大丈夫か』

『……ナル……』

零班の面々が見守る中、衝撃の中心にいた二人は、反対方向に吹き飛んだ。

しばらく土煙が舞っていたが、やがて散り、その片側からネジが這い出てきた。

ふらつきながらも立ち上がり、歩き出す。

そして、もう片側の穴の中で倒れている、ナルトを見下ろした。

「落ちこぼれくん……悪いが……これが現実だ」

そこでネジは笑おうとしたが、ごつ、と音がして、すぐ真下を見下ろす。

そして下に顔を向けた瞬間、その真下から飛び出してきたナルトに攻撃され、倒れ伏せた。

「くっ……体が……」

穴にいた、影分身のナルトが消える。

穴から出てきたナルトが、今度はネジを見下ろした。

「く……あの状況でとっさに影分身を……お前の得意忍術か……うかつ……だった」

倒れながらも、ネジはナルトを見上げながら悪態をつく。

ナルトはそのネジをしばらく見て、それから口を開いた。

「オレってば……アカデミーの卒業試験に三度落ちてる……。

……運悪く、卒業試験に出る忍術テストがいつも……

いつも決まってオレの一番苦手な忍術だったからだってばよ」

会場の誰もが、静まり返ってナルトに注目している。

ナルトは大きく息を吸って、続きを述べた。

「分身の術は……オレの一番苦手な忍術だったんだ」

それに息を呑んだのは、誰だったろうか。

ネジは、ただじっとナルトを見ていた。

「運命がどーとか……変われないとか、そんなつまんねーことめそめそ言ってんじゃねーよ!」

ナルトもじっとネジを見る。

それから、小さく微笑んだ。

「!」

「お前はオレと違って……落ちこぼれなんかじゃねーんだから」

そしてゲンマが勝敗宣言をする。

それから周りの観衆達が、歓声と拍手を上げた。

それらを背景に、ナルトは数歩ネジに近づく。

「ネジ」

「……」

呼びかけに対する返答はなかったが、それでもナルトは微笑んだまま。

「世の中で、俺たちが知ってることなんて、ほんの僅かなんだ。

たまには周りを見てみるといい。誰かに聞いてみるといい。

そうすれば、きっと新しい何かが見えてくる」

「……?」

ネジは僅かに首を傾げたが、ナルトは気にせず、今度は満面の笑みを顔に乗せて。

「ってばよ!」

嬉しそうに、笑った。

それから観衆の歓声に答えるべく、走り出していく。

ネジはその後ろ姿を、ぼんやりと眺めていた。


医療班に運ばれていくネジを見やってから、ナルトは待機席へと戻っていった。

そこでシカマルに出迎えられる。

「まっさかお前がネジに勝つなんてなー。一体どんな手を使ったんだよ?」

『……いや、マジで脱帽したわ。まさかあんな手に出るなんてな』

実際の言葉と重なって聞こえた印話に、ナルトも同じく言葉と印話を重ねて返した。

「努力と信念の力、だってばね」

『ネジに関してはいろいろ俺も思うところがあってな。何が何でも、止めたかったんだ』

それから、先ほどネジにしていたように、小さく笑う。

“ナルトらしからぬ”その表情に、シカマルがまたネジと同じように小さく首をかしげた。

『いつか、機会があれば、みんなを集めて話そう。きっと、興味深いものになると思う』

『うん、そう、か』

納得しきれなかったものの、いつか話す、と言われたので、

シカマルはこの場では気にしないことにした。

改めて、とナルトが向き直って。

『ナル!』

声が繋がって、ナルトはその術者の方へ視線を向ける。

術者もまたナルトを見やって、それから嬉しそうに笑って、一言。


『ありがとう』