忍という仕事は危険がつきまとう。

しかし、それゆえに自分の天職だと思っている。

自分は闇で生きるべき存在であり、また闇へと葬られる存在でもある。

死んだとか嘘つきだとか、自分の周りはくだらない理由で右往左往する連中ばかりだ。

全く持ってくだらない。そんなものどうでもいい。

己は、ただ一つ存在する自分の意志を貫けられればそれでいい。



1.深い暗闇へ



日向ヒナタは、とても退屈していた。


宗家の掟などに縛られるつもりはないと決めてから、家はただの牢獄でしかない。

くだらない血筋にくだらない掟。

誰も彼も自分を見ようとしない愚か者ばかりだと、ヒナタは思っている。

そう思えるほど、日向という家はひたすら疎いものであった。

だからかもしれない。

その日、彼女が真夜中に森へ訓練へ出た時。

目の前に現れた者に、彼女が強く惹かれるようになったのは。


始めは、いつもと変わらないただの訓練だった。

生まれ持った力も、鍛えた力も、日向の家のために使うつもりはない。

ただ、己の身を守るためだけに力を研いでいた。

いつもと同じメニューをこなして、一息ついた時。

ふと、音がした。

風を裂くような、鋭い音だった。

「何の音……?」

聞き覚えの無い耳障りな音。

ヒナタは辺りを見回すが、これといったものは見つからない。

出ていた月が、翳った時。

彼は現れた。

髪を後ろに伸ばした、少年。

思わずヒナタは尋ねていた。

「誰?」

その声に、少年はすぐさま振り向いた。

射抜くような、痛いような視線。

そして、ゆっくりとその口元をゆがめる。

「へえ……」

ヒナタはそこで、少年の背が自分と大して変わらないことに気づく。

自分と、変わらない、子供。

よく分からない感情が、ヒナタの体中を駆け巡った。

ヒナタはこの感情は何だと自分に問う。

もちろん、答えはなかった。

「音は、聞こえたか?」

少年は、顔に笑みを浮かべたまま、尋ね返してきた。

先ほどの鋭い音のことだろうかと思い、ヒナタは頷く。

その返事に、少年はますます気をよくしたようだ。

「面白いな」

気づけば、少年はヒナタのすぐ近くに立っていた。

自分が気づかないほどの高速移動。

そのことに気をとられて、次の行動への反応が少し遅れた。

少年の手が、ゆっくりヒナタへと伸ばされる。

反射的に、振り払った。

そして、距離をとる。

そのヒナタの一連の行動を、少年は愉快そうに眺めていた。

「反応も悪くない」

また、風が吹く。

風にあおられて、月を覆い隠していた雲が動く。

少年が、月の光にさらされた。

そこでヒナタは、少年の姿をはっきりと目に捉える。

伸ばされた銀の髪、そして、血のように赤い眼。

黒衣を纏った少年は、圧倒的な存在感と共にそこに立っていた。

ぞく、と悪寒に似たものが背筋を走る。

だが次の瞬間、少年はヒナタの視界から消える。

どこに、と考える間もなく、少年はヒナタの隣に現れ、肩に手を置いた。

「俺と共に来るか?」

耳元で囁かれた、言葉。

今度は、振り払うことはできなかった。

少年は言葉を続ける。

「三日後、またここに来る」

そして、少年は忽然と消えた。

もう、そこにはヒナタしかいない。

ヒナタは、ただ、顔を赤くして固まっていた。



次の日、ヒナタはひたすらぼうっとしていた。

何をするにしても身が入らない。

集中しろと珍しくアカデミーの先生に怒られた。

こんな状態で勉強なんてしてられない、とヒナタは心の中で毒づく。

昨夜の少年が頭から離れない。

(彼は誰?)

問いに、答える者はいない。

(彼は何?)

多分、ほぼ間違いなく忍。

それに活動していた時間や全身を覆う黒衣のことを考えると。

(暗部……?)

火影直轄の機関である、暗殺戦術特殊部隊。

彼らは正規の忍が請け負うことの無い、裏の任務につくという。

当然、それには殺しも含まれる。

もしかしたら、あの手は血で真っ赤に染まっているのかもしれない。

けれど、彼は。

あの少年は、人殺しにしては綺麗過ぎた。

強烈な色が眼に焼きついていた。


三日後の夜、ヒナタは、約束の場所に来ていた。

本当に彼が来るかどうかなんて分からない。

ただの気まぐれかもしれない。

それでも、ヒナタはここへ向かう自分を止められなかった。

誰もいない、暗い森。

木々のざわめく音だけが響く。

そこに、一つ異質な音が混じった。

あの時と同じ、耳障りな、鋭い音。

だが、今のヒナタにとっては、何よりも待ち望んだ音だった。

「是と取るぞ?」

少年の第一声はそれだった。

きっとそれは、少年がした問いの答えのこと。

答えはとうに決まっている。

ヒナタは、のろのろと手を伸ばした。

「連れて、行って……」

少年は、その手を掴んで笑った。

あの夜と同じように。

「ようこそ、闇の世界へ」


深い暗闇へ
(もう、その姿から目が離せなかった)