2.黒い月の名前


少年は、螺旋と名乗った。

ヒナタはその名前を深く心に刻み込む。

「俺が何か、分かるな」

「暗部」

それは当たりをつけていた。

その答えに少年は満足そうに頷く。

「そうだ。お前ならば、暗部が何をする機関かも知っているだろう」

確かに知っていた。

日向の家は木の葉の旧家の一族。

常に何人かの暗部が護衛についていた。

三つの時に、自分が誘拐されかけてからは、なおさら。

自分が欺けるくらいだから、たいした暗部ではなかったのだろうけど。

彼は、違うと、ヒナタは思った。

「どうして、私を?」

やはり、彼が来る時の、あの風を切るような音だろうか。

「お前のことは前から知っていた。

まだアカデミーに通う身でありながら、暗部の標準を超えた力を秘めた者。独学にしてはなかなかだ」

彼に褒められたことが嬉しくて、ヒナタは思わず赤くなった。

「しかし、それだけでは興味はわかなかった。決定的な理由は……もう検討がついているだろう?」

「あの、音?」

「ああ。お前には、あの音はどのような音に聞こえていた?」

「風を切るような……切り裂くような、音に」

一度聞いたら、忘れられないような。

「ふうん……切り裂くような、か。あれは俺の時空間忍術によって空間が裂ける音だ。

まあ、間違ってないだろう。

だが、俺の術は振動数が半端なく高くて、まず常人の耳じゃ聞き取れない。

超音波みたいなものだ。それこそ動物並の耳か、かなり高度なチャクラ感知能力がなければな」

自分の耳はいいとは思ってはいるが、動物ほどではない。

なら、高度なチャクラ感知能力?

「その能力があると、あなたの術の音を聞き取れるの?」

「やはり、気づいてなかったのか」

螺旋の手が、ヒナタに伸ばされる。

今度は、振り払わなかった。

螺旋は、ヒナタの耳に触れる。

「白眼の力の一種だよ」

それは初耳だった。

白眼でできるのは、透視と、経絡系を見抜くことだと思っていた。

「白眼が、チャクラが高振動を起こしていることを認識し、

脳を通じて耳が高振動がおきていることを認識する。

簡単に言えば、白眼が得た情報が聴覚に影響した。本質は白眼の方にある」

そして手を動かし、今度は眼に触る。

「チャクラの振動を読み取れる程の白眼の持ち主なんて、もう何十年も現れてなかったらしいがな」

彼はどうしてこんなに日向について詳しいのだろう。

そんなこと、誰も言っていなかったし、家にある文献にも載っていなかった。

「それほどの感知能力があるのなら、他にも幾つかできることがあるだろう。

その才能を、あんな掟に縛られた家で終わらせるには、惜しいと思ってな」

嬉しすぎて涙が出そうだった。

彼は、私の力を惜しんでくれている。

「お前のその力、俺が鍛えてやる。俺のために使え」

彼は、私の力を必要としてくれている。

生まれて初めて、自分を認められた気がした。

これ以上に、嬉しいことはなかった。

「はい……!」

迷う理由なんて、なかった。


その夜は、ひたすら白眼の使い方を学んだ。

おかげで、確かに白眼がチャクラの振動を捉えていることを認識できるようになった。

それと、チャクラの中の、肉体エネルギーと精神エネルギーの比率を見分けられるようになった。

螺旋いわく、それができると、一族秘伝だとかそういう技が使えるようになるらしい。

月が、だいぶ傾いた頃だった。

「今夜はこんなところだな」

チャクラ切れで息を切らしていたヒナタは、顔を上げた。

「俺は任務で忙しい。毎晩来てやることはできない。その代わり、これをやる」

外に、連れ出してはくれないのか。

目に見えて落ち込んでいたヒナタに螺旋はそれを手渡した。

それは、小さな、黒い鈴。

「これは……?」

「俺が来れる時はその鈴が鳴る。その鈴が鳴ったら、すぐにここに来い。いいな?」

「はい」

ヒナタは鈴を握り締める。

「俺が来ない日は、体を壊さない程度に自己訓練を重ねろ。今日やった白眼の鍛錬も欠かすな」

「はい」

「……いつか、お前がもっと強くなれば、正式に暗部に入れてやる。それまで励め」

今はまだ、ただのアカデミー生。

けれど、暗部になれば、全部じゃなくても、螺旋と任務を共にできるかもしれない。

螺旋のために、この力を使えるかもしれない。

螺旋の役に、立てるかもしれない。

「はいっ!」

それは、これ異常ない程の至福だった。

また、あの鋭い音を立てて、螺旋は消えた。



生きがいを見つけ、つまらないだけだったアカデミーも楽しく感じるようになった。

彼は自分と同じくらいの子供だけれど、あんなに強いのだから、きっとこんなところにはいない。

あちこちで騒いでいる子供達には目もくれなかった。

ただ、早く夜になれ、早く鈴よ鳴れ、と首飾りにした鈴に毎日祈る。

また螺旋に会える日を夢見て。


黒い月の名前
(あなたは、今、どこにいるのだろう)