3.影が嗤った


「ヒナタ、最近つけてる、その黒い鈴、何?」

高圧的に聞いてきたのは、いじめっこと有名なくの一クラスの生徒だった。

彼女が指しているのは、確実にこの鈴。

「あ、こ、これは……お守りなの。ある人が、くれた……」

握り締めると、暖かい気がした。

あの人と自分をつなぐ、唯一のもの。

今の自分にとって何より大事なものだった。

「へえ。なんだか黒いのに綺麗ね。ちょっと見せて」


「だめ!」

そう、大事だった。

周りにいる人間よりも、ずっと。


ヒナタは部屋にこもっていた。

自己謹慎である。

昼間、鈴を触ろうとした少女を、思いきり叩いてしまった。

それはすぐアカデミー中、いや、木の葉中に広がるだろう。

それ程に、日向の名は重い。

どうせ命じられるならと、こうして自ら部屋にこもっている。

ただこもっているのも無駄だから、鍛錬も兼ねて。


いつまで経っても誰も来なかった。

おかしい、とヒナタは立ち上がる。

日向の子が人を叩いたとなれば、名門がどうとか、旧家の誇りがどうとか、

説教にくると思っていたのだが。

それとも、既に自分は見放されているのだろうか。

それはそれで望むところなのだが。

外を覗いてみると、やはり誰もいない。

様子を見に行こうと足を踏み出したとき。


ちりーん――


静かに、あの黒い鈴が鳴った。


とにかく走った。

黒い鈴が鳴った。

あの人が来てくれる。

螺旋が。

息を切らして約束の場所へたどり着く。

森は静かで、何の気配もない。

まだ、来ていないのだろうか。

風も吹いていないのに、木々が揺れた。

「早いな」

そこに、突然その存在は現れた。

「まだ、鈴を鳴らしてから5分と経っていない。言いつけ通り鍛えているようだな」

「螺旋……!」

木の上に、螺旋が立っているのを見つける。

いつもの鋭い音はしなかったのだが。

「今回は時空間使わずに走ってきたからだ」

考えていることを当てられて、ヒナタは思わず赤くなる。

そして、それなのに螺旋が来たことを気づけなかった自分を恥じた。

「足音を消して走った。お前も今度来る時から鍛錬しろ。チャクラをうまく使え」

後は自分で方法を考えろということだろう。

「はい!」

言葉に、気遣いが見え隠れしている。

螺旋が気にかけてくれていることが嬉しかった。

「今日は鍛錬というより学習だな」

螺旋は木から下りてヒナタの方へ歩いてくる。

「お前、今日、アカデミーで人を叩いたな?」

びく、と肩が震える。

まさか、怒られるのだろうか。

それとも……見捨てられる?

そんなの、嫌だ。

螺旋が私を見捨てる。

螺旋がいなくなる。

そんなこと、堪えられない。

思わず顔が強張った。

「そう怖がらなくていい。俺は一度拾ったものは捨てない」

螺旋が、少しだけ笑みを形作った。

その顔に、釘付けになる。

彼の笑顔を、目に焼き付けるくらいに見つめた。

「だが、暗部たるもの、実力を表に出してはいけない。正体を隠すのも任務の一つだからな」

「はい」

怒られなかったことにほっとする。

そして、頷いた。

「アカデミーでは、一介のアカデミー生を演じ続けろ。それ以上の力は出してはいけない。

それから、鍛錬も誰にも見られるな」

「はい」

今までし続けていたことだ。

そう難しいことじゃない。

後は、何かあった時でも、衝動を抑えるようにできればいい。

「……今日は宿題を出そう。お前がこれが分かるまでは、俺は来ない」

少し間を空けて切り出されたのは衝撃的なことだった。

その宿題を解けるまで、螺旋が来てくれない?

螺旋に会えない?

そう思うと悲しくて、すこしうつむいた。

「ヒントは出してやる。いいか、よく聞け」

顔を上げて螺旋に向き合った。

「俺は、ある任務のためにアカデミーに在籍している。俺を探し出してみろ」

彼が、アカデミーに?

一体何の任務だというのだろう。

「それにお前も分かっているだろうが、俺のこの姿は変化だ。

身長はさして変えていないが、色彩は大きく異なっている。今の俺の姿は当てにするなよ」

少し残念に思った。

この、見事なまでの銀と赤の色彩は、彼が作り出した虚構。

現実には存在しないものだった。

いや、それは当たり前のことかもしれない。

彼の眩さは、現実には有り得ないほどのものだから。

「ヒントは、“正体を隠すとはどういうことか”だ」

「よく、分からないわ」

「それも含めて考えろ。お前ならいずれ見つけられることだろう」

私を信じてくれるのだろうか。

この、螺旋が。

「今日はここまでだ。鍛錬は怠るなよ」

「はい!」

螺旋は帰りはいつもの音を立てて消えた。

期待に応えなければ、と胸が高鳴った。


それから毎日、アカデミーでひたすら螺旋を探した。

ヒントの意味は、まだ分からない。

それでも、早く彼に会いたいと、空いた時間は全て割いて探し回った。

鳴らない黒い鈴を手に。


アカデミーの何処かで、少年は笑った。


影が嗤った
(焼き付けた彼の笑顔、それを探して)