5.歪んだ氷


探し続けた彼が、今、目の前にいる。

無機質のように研ぎ澄まされていた銀の髪は、満月さえも星と思わせるような金の髪に。

鮮烈な色だった赤い瞳は、深い海を閉じ込めたような青色。

そして、漂う絶対的な存在感は、変わらずにそこにある。

彼は、確かに彼であった。

ナルトは呆然としたヒナタを見、ため息をつく。

その後ヒナタの手を引いて、立ち上がらせる。

するとそこには大きな家、いや屋敷があった。

「ここは……」

「俺の家」

どこ、と続けようとしたヒナタの声は遮られる。

だが、答えを聞いたヒナタは一瞬で顔を赤くした。

螺旋が、この人が住んでいる家。

「来い。お前は最初の招かれた客人だ」

そうして顔に笑みを乗せる彼は、ただひたすら美しくて。

当然それに否など答えるはずもなく。

手を引かれるまま、ヒナタはナルトが住むという家に入った。


静かだ。

それがヒナタの、最初の印象だった。

日向の家だって騒がしいわけではない。

むしろ、落ち着いた雰囲気を持ち、ほとんど物音もしない。

だが、それとはまた違った意味で、静かだったのだ。

生きた気配が無い。

多分、それが一番近い表現。

人々が生活の間に刻み込む、証のようなもの。

それが全くといっていいほどなかったのだ。

まるで、ここには誰もいないような錯覚に陥る。

自分も、螺旋――ナルトもいるというのに、存在してないように思えるのだ。

一体なぜ?

ふっと空気が変わった気がして、振り向くと、ナルトがお茶を持ってきていた。

「飲め。量は多くない」

渡されて受け取ったカップの中には、十分な量。

何の量が多くないと言ったのだろうか。

ふと、眼をこらしてお茶を見てみると、そこには僅かに紫色の何かが見て取れた。

それは明らかに禍々しい、敵意を含んだような色。

「……毒?」

「飲む前に分かったのか。どうやら修行は怠っていなかったと見える」

彼は私を試したのだろうか?

しかし、顔を上げてみると、彼が飲んでいるものには、大量の毒が含まれているのが見える。

というより、ほとんど毒だ。

彼はそれを、苦しむそぶりを全く見せずに飲んでいる。

違う、試したのではない。

修行云々はあくまでおまけで、彼がこれを出した意図はたぶん。

「毒には耐性をつけておけ。任務のどこで毒を食らうか分からないからな」

体に毒を慣れさせるため。

彼はきっと毒を飲み続け、あそこまで耐性を得るに至ったに違いない。

頷いて、一口飲む。

少し、口の中が焼けるような痛みを感じたが、何とか飲めない程でもない。

「耐性が付いたら、徐々に毒を増やす。丸々飲んでも大丈夫なくらいが一区切りだ」

一区切り、ということはまだ先があるのか。

「その話は後だ。ここに来て、座れ」

気づけば彼は向かい合った椅子の片方に座り、もう一方を指差している。

素直に座って、彼を見据えた。

「さて、では改めて自己紹介と行こうか」

コトン、とカップを置く。

「俺はうずまきナルト。知ってのとおりアカデミー生。

そして、木の葉の暗殺戦術特殊部隊総隊長、螺旋でもある」

区切られて見つめられた意図を汲み取って、ヒナタもコップを置いて一礼した。

「日向宗家長女、日向ヒナタ。……他には何も無いわ」

「だろうな。だが、いずれ持つことになる」

青い瞳が、楽しそうに踊った。

「約束したな?お前が強くなったら、暗部に入れてやると。

そしてお前は、隠された俺の気配を見つけ出した。

それ自体が、お前がそれなりの力を持ったことを示している」

そこまで言ってから、ナルトは再び毒入り茶を飲んだ。

「だが、実戦にはまだ早いな。経験が圧倒的に足りていない。白眼の力もまだ伸びる。

まあそれは実戦で鍛えていけばいいとしても、身体能力の低さは問題だ」

それなりに毎日鍛えていたつもりなのだが、このくらいではまだまだだめなのか。

「それに、忍術についての知識もだ。

アカデミーでは碌なことは教えてはいないし、独学でも限界がある。

そこで、お前、アカデミーが終わった後と、休日はここに来い」

「え?」

「その鈴があれば、結界は越えられる。場所は覚えているな?俺の家には大量の本がある。

それらを読んで知識をつけろ。禁術書も多く混ざっているが、それにはまだ手をだすなよ。

今のお前なら、白眼で見分けをつけるくらいはたやすいだろう」

「ここに、来ても、いいの?」

彼は言った。

ここは彼の住んでいる場所だと。

つまりは彼の懐であって、他人を簡単に入れていいところなはずがない。

それはつまり。

「そうだと言っている」

少なからず、彼が私を認めてくれたということで。

そう思うと、嬉しさがこみ上げてきて、その気持ちを抑えることが、できなくて。

「はい!」

そう返事した私の顔には、多分満面の笑みが浮かんでいるんだと思う。

嬉しくて、嬉しくて。

だからヒナタは気づかなかった。


目の前にいるナルトの顔に、僅かに赤みがさしていたことを。


歪んだ氷
(至高の笑顔を、愛しい貴方へ)