7.血の契り


「今、何といった、お主」

「ついに耳が悪くなったか、三代目。早く五代目を決めた方がいい。

こいつを俺の補佐にするって言ったんだ」

三代目火影は、言われたことをゆっくりと頭の中で咀嚼する。

それから、たっぷり数秒かけて驚きの表情を作った。

「お前が、人を傍に置くようになるとは……」

今まで、何者も寄せ付けず、孤高の月のようだったこの子が。

突然執務室に人を連れて来たと思ったら、己の補佐にすると。

改めてじっと見てみれば、隣に立っているのは彼と同じくらいの少女。

おそらく変化しているのだろうが、チャクラに全く乱れがない。

彼ほどとまでは行かなくても、少なくとも暗部に所属してやっていけるだけの力が感じられる。

「悪いか」

「いや、ワシとしてはとても嬉しい。許可しよう。だが、その前にワシの前で一度変化を解きなさい」

この子を信頼していないわけじゃない、だが火影の長として、忍については把握しておかねがならない。

螺旋に促された少女は、螺旋と共に変化を解いた。

その姿を見て、火影は二重に驚いた。

「何と、日向のヒナタか」

木の葉一の旧家、日向家の嫡子、日向ヒナタ。

もじもじしているイメージが強かったが、どうやらそれもまた演技だったようだ。

この子と同じく、とナルトに軽い説明を求める。

「俺が見つけて、鍛えた。ヒナタは才能がある。まだ伸びる」

ナルトがそういうと、ヒナタはとても嬉しそうな顔をした。

それを見たナルトが、かつて見たことないほど柔らかい顔で笑い返す。

驚愕連続の今夜、火影はそれに最も驚いた。

冷たかった金色の少年が、黒髪の少女を慈しんでいるのがよくわかる。

その笑顔は今まで自分が何度も望んだにも関わらず、決して見られはしなかったもの。

自然、火影の顔も緩んだ。

「ヒナタ、ありがとう」

「え、何が、ですか」

いきなりお礼を言われて、ヒナタが戸惑った。

ナルトも首をかしげている。

「ナルトの傍におってくれて、心から礼を言う」

ヒナタはやはり意味がよく分からなかったようだ。

だがナルトは心当たりがあったのか、彼本来のニヒルな笑みを浮かべた。

「ヒナタは俺のだ。離すつもりも、離されるつもりもない。……もういいだろ。書類に印を」

「ああ」

火影は、ナルトから渡された書類に穏やかな顔で印を押す。

そして、それを火影しか見ることのできない書架に収める。

そして、一枚の紙を取り出した。

ナルトは一本クナイを抜いて、ヒナタに放った。

「え?」

それを危なげなく受け取ったヒナタは、意味を掴みかねてナルトに視線を向ける。

「暗部は火影直轄。ゆえに、表の忍とは違う誓いのやり方がある」

火影は取り出した紙をヒナタに差し出す。

ヒナタはそれを受け取ってよく見たが、何も書かれていなかった。

「口寄せと同じだ。血判を賭け。クナイで軽く指先の皮膚を裂いて、それで本名と暗部名を記す。

名は、お前が決めろ」

分かったわ、とヒナタは頷き、言われた通りにクナイで軽く皮膚を裂いて、血で文字を記していく。

本名を書き終えた後、少し考えるようにしてから続きを綴った。

「“珠影”か、いい名前じゃの」

ヒナタから書き終えた血判を受け取り、顎鬚を撫でながら火影は満足そうに呟く。

「……珠影、もとい日向ヒナタ、この身、一片となっても里のために尽くすことを誓います」

誰に言われるでもなく、跪きヒナタはそう告げた。

許可する、と火影は頷く。

「細かいことはお前が教えてやってくれ、ナルト」

「もちろんそのつもりだ」

そう続けた火影に、ナルトは当然だと頷く。

「ヒナタ、帰るぞ」

「うん」

「ああ、そうだ三代目」

執務室を出ようとして、ナルトが思い出したように踏みとどまった。

「ヒナタは俺の家に住む。身代わりは置いておくが、何かあった時はフォローを頼む」

割りと大事なことをさらりと言って、ナルトは用は済んだとばかりにさっさと部屋を出て行った。

ヒナタが慌ててその後を追う。

「……あの年で、同棲か。まあ、あの子は早熟だからの」

それよりも、ナルトが他人に好意を見せるようになったことが嬉しかった。

その過酷な身の上ゆえか、彼は笑うことすら少なく、笑っても皮肉を浮かべたようなものばかりで。

だからこそ、誰かを慈しみ、優しい顔を見せることができるとは、思ってもいなかった。

本当にあの少女に感謝する。

何があの子の心の氷を溶かしたのかは分からない。

だが、今の己にとって大事なのは過程より結果であった。

久しぶりに心が高揚するのを感じながら、火影は一枚の紙を手に取る。

それは暗部の登録表。

そこの、空欄になっていた総隊長補佐の欄に、ペンを走らせた。

珠影、と。

その意は。


“影を愛する者”。


血の契り
(愛なんてものを、あの子が知る日が来ようとは)