8.血染めの黒揚羽


火影の元へ行った後、ヒナタは多忙を極めていた。

まず、暗部の掟や振る舞いを覚え、装備を準備しなければならない。

それらは一朝一夕で終わるものではなく、それでなくてもヒナタには下忍としての任務があったのだ。

ナルトが下忍をやっているのが名家の護衛だと知り、ならば八班は任せてと立候補したのだ。

今まで知らずの内にナルトに守られていたと知り、少しでもナルトの役に立ち、

負担を減らしたかったのである。

もとよりナルトはヒナタに任せる心積もりだったらしく、すぐに了承した。

日向の実家には、ナルトが開発班(起爆札とかを作っているらしい)とやから奪ってきた、

チャクラで動く人形を送った。

一度チャクラを充填すれば、三日ほどは動くらしい。

しかも影分身のごとくの働きを持ち、自分と同じ考え方をする、別の意思が宿っているのだ。

触れればその人形が記憶したものも知ることが出来るという、優れものだった。

当分は、昼間は下忍兼チームメイト二人の護衛、

夜は任務に行くナルトを見送って暗部の準備をする日が続いた。

そんな日が一週間ほど続いた後、ようやくヒナタは全ての準備を終えた。

面、暗部で使う武器、黒衣の外套、暗部の服。

それらを纏い、珠影は初めて螺旋に付いて、夜に家を出た。

「まずは今日任務を持っている奴らと顔合わせする。俺の補佐だとな」

面の下で微かに珠影は赤くなった。

木の葉の外れ、月の光も星の光も届かない場所で、螺旋は立ち止まった。

「来い」

その一言で、螺旋と珠影の周りに何人かの忍が集まる。

彼らが、怪訝そうに珠影を見た。

「新入りだ。俺の補佐を努める」

仮面の下から螺旋に視線を向けられたことに気づいて、珠影は軽く礼をして、辺りを見回した。

「珠影よ」

疑わしげな視線が幾つか刺さる。

しかもそれが確実に自分より弱い相手だと分かって、珠影は少し苛立った。

「不満があるやつは珠影に切りかかってみろ。誰一人触れさえしないだろうがな」

螺旋が信頼してくれているのを感じて、珠影は明らかに嬉しそうにした。

それがまた気に食わなかったのかもしれない。

十人ほどの暗部が、珠影に切りかかってきた。

「殺すな。里の労働力だ」

「はい」

頷いて、武器を構える。

一瞬後には、全く動いていないように見える珠影と、地面に叩き落された暗部たちがいた。

「分かったな?こいつはお前らより強い。もう文句はないな。散れ」

その言葉に、見守っていた暗部も、倒れ付していた暗部も姿を消す。

少なくとも、自分は暗部の名に恥じない程度の力は手に入れたのだと知って、珠影は安心した。

「行くぞ、初任務だ」

「はい!」


任務は幾つかあり、密書の運搬だったり、護衛だったり、殲滅任務だったりした。

もちろん人も殺した。

それなのにさして何の感情も沸いてこない自分を、ヒナタは冷めた心で感じていた。

幼少から誘拐されかけたり、命を狙われていたせいかもしれない。

目の前にいるのは“人”ではなく、“敵”なのだと。

そう割り切れるくらいには、自分は忍という生き物であった。

しかし、そんなことを考えられていたのも、途中までで。

途中からヒナタは、ある一つのものに目と心を奪われていた。

暗闇の中、まるで蝶のように人を狩っていく螺旋に。

その動きはあくまで優雅、だが彼とすれ違った忍は次々息絶えていく。

時には首をはねられ、時には心臓を一突きされ。

またある時では忍術で体そのものが吹っ飛んでいたりした。

それでも彼はまったく乱れの無い舞のような動きをしている。

美しいと、ただ思った。

おそらく螺旋を認識できていないだろう彼らに、僅かに同情する。

それほどまでに、魅惑するような戦いだった。

途端、ぎ、と小さく気で刺されたのを感じて、慌てて任務を続けた。

あとで怒られるかもしれない。

そのことは少し怖かったのだけれど、戦いの最中だったのだけれど。

それでも意識は自然と彼を向いていた。


任務が一通り終わって火影の元へ報告に走る。

その途中、やはり螺旋にたしなめられた。

「任務の最中、集中が途切れたな。今日のような雑魚相手ならまだしも、力の拮抗する相手では死ぬぞ」

「……ごめんなさい」

弁解の余地はない。

任務を忘れて、彼に見惚れていたのはヒナタ自身で。

それは許されないことなのだ。

「何に意識を向けていた」

ちょっと、間が空いた。

もしかして。

「気づいて……なかったの?」

「何にだ」

少し訝しげな顔をした彼を見て、小さく笑った。

強く、鋭く、気高い。

そんな彼が、少しだけかわいく思えて。

「私が見ていたのはあなたよ」

「なぜだ」

やはり気づいていなかったのか。

あれだけ、すべての意識を螺旋に向けていたというのに。

「戦うあなたが、とても綺麗で」

「手を血で染めている俺がか」

螺旋はやっぱりよくわからないようで。

さらに笑いがこみ上げる。

「その血も含めて、あなたは綺麗だと、そう思ったの。

でも、これは言い訳にしかならないわ。ごめんなさい」

戦いの最中意識を集中しないのであれば、殺されても文句はいえない。

だから、もう一度謝った。

けど、それに対する返事はなかなか返ってこなくて。

首をかしげてみれば、ようやく返事が帰って来た。

「……俺を綺麗などと言ったのはお前が初めてだ、珠影。ありがとう」

向けられた声に、ぼっと一気に顔が赤くなった。

お礼を言われた。

螺旋に。

螺旋が私にお礼を言った!

そのことが頭の中を駆け巡る。

どうしよう、嬉しい、とてもとても嬉しい。

恥ずかしくて、慌てて顔を背けた珠影は気づかなかった。


前を向いたままの彼の顔に、僅かに赤みが差していたことを。


血染めの黒揚羽
(それは美しく、紅い血を纏って舞うのだ)