10.不可侵支配


絶対的存在というものがある。

それは限りなく至高で、最上で、凡人には決して手が届かない領域にいるもの。

あるとき、はたけカカシはその存在を知った。


夜の任務。

暗部は基本的に夜に活動するのだから、特におかしいことはない。

殲滅任務だ。

火の国にクーデターを起こそうとした大名の手の者を、徹底的に殲滅すること。

それが、下された任務だ。

さすがに一人二人、一小隊には荷が重い任務だった。

二小隊、まだ少なく感じるが、それでも不安を感じさせない人員がいた。

暗部の総隊長である、螺旋。

つい先日その補佐に就任した、珠影。

その二人が、八人の中に含まれていた。

これは、木の葉、火の国も本気だということだ。

螺旋は言わずもがな、何年も木の葉の暗部の総隊長として君臨し続ける、

木の葉最強の忍だと知られている。

一度だけ、遠目に戦っているのを見たが、いや、見たとはいえない。

速過ぎて、見えなかったのだ。

分かったのは、彼がとてつもなく強いということだけ。

そして、螺旋が自ら選んで引き込んだという噂が飛び交う、珠影。

彼女も相当に強いという、これまた噂だ。

噂しか、ないのだ。

今まで共に任務をしたことはない。

なぜなら、彼女は基本的に、常に螺旋の傍におり、螺旋としか任務に赴かないからだ。

多少、真偽の分からない情報はあるが、それでも、二人が揃った任務で、失敗したことはないという。

諜報任務では、全てをさらけ出し、護衛任務では、護衛対象に襲撃があったことすら悟らせない。

密書運搬任務では一瞬のごとく運搬を終え、殲滅任務では、間違いなく、一人残らず抹消される。

あくまで噂話の類だ。

実際に聞いたものなど、いない。

だが、そんな噂が出る程の、二人だ。

その二人を使うということは、今回の任務はそれなりにつらく、しかし重要且つ本気だということだ。

「俺と珠影が正面から突っ込む。お前達は横と後ろに分かれ、俺たちに合わせて仕掛けろ。

見つけた奴から始末しろ。何も残すな。建物の損害は気にしなくていい」

何人かの暗部が頷く。

もちろん、反抗意見などはない。

もしそんなものを出したら、下手をすれば、任務の前に首が胴体から離れる。

そういう人間なのだ、螺旋は。

少しでも任務の障害になるものには容赦しない。

それが、これから共に任務を行う部下であったとしても。

ごくりと、つばを飲み込む。

もし万が一、殺し損ねることがあれば、それも命の危機に関わる。

任務とは違う意味で、また命が危険にさらされる。

いろんな意味で、命がけだ。

里を、己の命を守るために、気を研いで尖らせる。

「時間だ、行くぞ」

始まるのは、忍の世界の。

処刑。


側面の警備に当たっていた忍を、一人斬る。

また一人刺す。

また一人貫く。

クーデターなんぞを起こそうと企むのだから、当然手勢がいないわけがない。

無駄に数だけは多いそれを、淡々と事務処理のように片付けていく。

感情は伴わせない。

伴った瞬間に、この命が終わることを、経験で知っている。

ようやく視界に入る範囲に誰も見当たらなくなって、一度木の上に落ち着く。

見れば、他の面々も大体の戦闘を終わらせたようだ。

す、と隣に一人降り立って、同じく城の全貌を視界に収めたまま、口を開いた。

「怪我は」

「無い。支障なし」

「了解、伝達する。五分後に、予定通り」

「了解」

必要最低限の会話だけをして、彼は再び姿を消す。

五分後までは、待機だ。

一度息とチャクラを整えようと、静かに息を吐いた。

とりあえず、任務に失敗はないだろう。

気だけは抜かずに、二重の意味で、少しだけ安堵する。

今日も生き延びた。

明日も生き残れるかは、まだ分からない。

刹那的な感情、だがそれでも思わずにはいられない。

それなりに力をつけたつもりではあるが、自分など、この広い忍の世界ではまだ新米も同然だ。

何の拍子に、この命が消えるか分からない。

明日には、この心の臓は止まっているかもしれない。

自分より遥かに強いものなど、山のようにいるのだ。

そう、彼の、ように。

と、空気に何か違和感を感じて、城を凝視した。

その途端、鋭い音が夜を駆け巡る。

「ぎゃああああああああぁぁぁぁぁぁっ!!」

城からだ。

計画実行までは、まだ少し早い。

何が起きた。

それが同僚の声でないことだけは、分かる。

突入すべきか逡巡していると、隣に先ほどとは違う同僚が降り立った。

「何だ?」

「あれはこちらの声ではない。ならば、答えは一つだ」

そこでようやく分かった。

「しばらく突入は控える。巻き添えを食うかもしれぬ」

「了解」

城の中に入ったこちらの者は、二人きり。

入ったのは、あの二人。


少しして、城が崩壊した。

自分は、それを遠巻きに見ていた。

動く必要は、無い。

分かっていたから、同僚と共に、取りこぼしがいないかどうかだけに、注意を払った。


「取りこぼしはないか」

不意に、声が辺りに響いた。

全員が、すぐさま彼のもとへと向かい、跪く。

そのうち、右隣の、自分よりも年長の、同僚が報告をした。

「事ののち、全員で辺りを警戒しました。問題ありません」

「そうか。こちらは片付いた。これで任務は了。各自適当に帰還せよ。報告書は俺が出す」

背を向けた彼の前には、いつものように彼女が立っている。

それから二人、発とうとする前に、左隣の同僚がおずおずと話しかけた。

「事は、対象のもので?」

答えはわかっているのだろう。

それでも確認のように尋ねた同僚に、彼はゆっくりと振り向いて、(おそらく)面の下で口を歪ませた。

「下種には勿体無い悪夢だったろうな」

ぞ、と鳥肌が立った。

全身が逆毛立ち、思わず身構えそうになるのを懸命にこらえる。

彼はそれが分かっているかのように、小さく笑いながら、彼女と消えた。

しばらく、動けなかった。

それは恐怖か畏怖か。

どちらにしろ、怖れの意が入っているのだろうと、少し痺れかけた頭で思う。

それから少しして、ようやく体を動かせるようになった自分たちは、

互いに示し合わせることも無く、各々の帰路を取った。


「くそ、まだ震えてるな……」

震えの治まらない、自らの体を叱咤する。

それでも、震えが止まることはなかった。

数年前に、火影様の強力な推薦で、暗部の総隊長へと就任した、螺旋。

当然ながら暗部の掟で、その正体を知るものはいない。

表でそれほどの者の話など聞かないので、裏だけの人間が、はたまた表では力を隠しているか。

どちらにしても、彼が圧倒的という事実には、変わりない。

初めて出会ったときのことも、よく覚えている。

暗部が集められ、彼が紹介された時。

当然、反抗するものもいた。

だが、それらは、次の瞬間に全員くずれおちていた。

ほかならぬ、螺旋の手によって。

いつ動いたのかも分からぬほど、火影様の傍に静かに立っていた螺旋。

その時わかったのだ。

彼は、自分達人間が、到底及ばない高みにいるのだと。

絶対不可侵領域を持つ、“何か”なのだと。

暗部のものは、みなそれを理解している。

頭や理性というより、直感や本能のような感覚で。

彼は、螺旋という存在は、自分達にとって、神にも近しい存在だと。

手を出そうとしては、触れようとしては、いけないのだと。

彼は、自分なんかより、遥か高みにいる、支配するもの。

絶対的存在。

それは触れてはならないもの。

もしその逆鱗にでも触れてしまったら、その瞬間、凡人は身も心も切り裂かれることとなる。

天罰のような、圧倒的力に叩き伏せられるのだ。


後悔など、出来ないほどに。


不可侵支配
(存在するかどうかも分からない神、だが、彼が存在することは知っている)