偏愛ベクトル


ざわりと、体の奥底で何かが渦巻いたような気がして、わずかにナルトは顔を顰めた。

「ナルト?」

その変化に気付き、ナルトに修行を見てもらっていたヒナタが、やや訝しげに名を呼んだ。

「なんでもない」

ナルトはすぐに表情を戻すと、ヒナタに続けるよう促す。

ヒナタは疑問に思いつつも、ナルトに従って修行を続けた。


形の無いそれを、あえてたとえるなら、力や、エネルギーそのもの。

それが、ナルトの感じたものだった。

修行を終えた後、ヒナタを伴って外に出たナルトは、現在自分が出来る限りの強い結界を張る。

「何をするの?」

ヒナタが首をかしげると、ナルトは口元を軽く歪めた。

「いい機会だ。お前にも見せてやる」

ナルトはやや長い印を組んだ後、訳のわからないヒナタの手を掴む。

ヒナタが声にならない悲鳴を上げたのにもかかわらず、ナルトは術を発動した。


ヒナタが気付いた時には、地下水道のような場所にいた。

薄暗く、足元には水が満ちている。

だというのに、その水には温度がない。

ただ、足をとる何か、であった。

「どこ、ここ……」

「俺の精神の中だ」

ヒナタが思わず呟くと、すぐそばから返事が返ってきた。

ヒナタはそこで隣にナルトが立っていたことに気付き、気付かなかった自分を恥じる。

そのヒナタを微笑みながら一瞥してから、ナルトは手招きをした。

「行くぞ」

足元にある何かをものともせず、ナルトは足を進める。

ヒナタが小走りにそれを追いかけた。

「どこへ?」

「生意気な化け狐のところだ」

ナルトの声には、若干のいらだたしさがこもっている。

それに首をかしげながら、ヒナタはただナルトの後をついて行った。


しばらく進むと、明らかに今までの通路とは違う、広い場所に出た。

そこにも、足元の何かは満ちている。

というより、その足元の何かはその奥から流れてきているようだった。

『……何の用だ』

頭上から重い言葉が降って来て、ヒナタは思わず上を見上げた。

目の前には、広い部屋を区切るように、大きな檻。

その入り口には札が貼られている。

封印のようだ、と一目見てヒナタは理解した。

そして、その封じられている檻の向こう。

その向こうから、先ほどの声はした。

ヒナタが目を向けると、檻の闇の中、ぎょろりと赤い目が光った。

その気の鋭さに、思わずヒナタは臨戦態勢に入った。

そのヒナタを、ナルトが制する。

「行動としては正解だ。が、手を出すな」

ヒナタに、自分の後ろにいるよう言い、ナルトは少し前に出た。

「何だとは随分失礼だな。勝手にチャクラを荒らしておいて」

赤い目がナルトを睨む。

ナルトも赤い目を睨み返した。

「勝手なことをするなと言ったはずだが?」

『……チャクラの流れを確認しただけだ』

「勝手なことをするなと言ったはずだが?」

ぼそりとした返事に、ナルトは一字一句同じことを言い直す。

赤い目が気圧されたようにその鋭い気を緩めた。

それに、ヒナタは小さく息を吐く。

「お前はここであと数十年、惰眠を貪っていればいい。もし、俺の邪魔をするようなことがあれば……」

ナルトはその続きは言わなかった。

だが、それだけでも威力は十分だったようで、赤い目はナルトから視線を逸らした。

「ナルト……あれは、何?」

とりあえずの会話が終わっただろう時を見計らって、ヒナタがナルトに話しかけた。

ナルトはここは自分の精神内だと言った。

ならばナルトは、己の中に何かを封じているということだろうか。

ナルトに話しかける前に、白眼で見てみたものの、牢の向こうには、チャクラしか見えなかった。

骨格も何も、見えなかったのだ。

ナルトが答える前に、赤い目がヒナタを見る。

『日向の者か』

赤い目にヒナタを晒させまいとするように、ナルトは赤い目を背にするようにヒナタの前に立った。

「あれは、九尾の妖狐と呼ばれるもの。いうなればチャクラの化け物だ。骨格も何も見えないだろう」

ナルトの言葉に、ヒナタが頷く。

それから、この足元に漂っている何かも、チャクラ、力そのものなのだろう、と検討がついた。

「十三年前、あれが馬鹿に踊らされて里を襲った。

あれから里を守るため、俺の父親の四代目火影は、あれを俺の中に封印した」

一気に重大な情報を言われて、ヒナタは思わず目を瞬かせた。

少ししてから、その情報を理解して、呑み込む。

それからもう一度、九尾の妖狐を見やった。

「十三年前の、九尾の襲来……聞いたことはあったわ。

襲撃者の九尾は行方不明と聞いていたけど、まさか、ナルトに封印されていたなんて……」

「十三年前の戦いに参加した者には既知のことだ。

里の安定のため、為政者はそのことを次代から隠している」

つまりは、ヒナタのような人間からということだ。

自分の父親も知っているのだろう。

何しろ、里の有力一族の当主だ。

里を守るための戦いに参加していないはずがない。

それ以前に、今までちらほら感じていた、里の者たちの、ナルトへの嫌悪、憎悪の感情。

そのたびにどれだけ自分が彼らを殺したくなったことか。

しかし、理由が分からず、ナルトにも聞けず、ただ唇を噛む日々だった。

その理由が、これだ。

ヒナタはじわりと、体の中に殺気をためこんだ。

そのヒナタを落ち着かせるように、ナルトが頬を撫でる。

「これは父親の置き土産だ。俺が一人で生きる力を得るための。

巨大な力のことを考えれば、里の反応など塵にも等しい」

「でも……」

「俺がお前をここに連れて来たのは、そういう意味じゃない」

ややぐずるヒナタに、ナルトは微笑んだ。

その顔を真っ向から見たヒナタが赤面する。

「俺のことを教えるためだ。別に、お前に木の葉の歴史を教えに来たわけじゃない」

それは、つまり。

自分の情報を、あるいは命取りになるかもしれない情報を与えたということ。

その情報を預けてもいいと、信頼した証。

ますます顔を赤くしたヒナタを、ナルトは自分の胸にうずませる。

大分長い間無視されていた九尾が、ぽつりと呟いた。

『お前は、ここへ何をしに来た』

「ヒナタにお前のことを教えるために決まっているだろう?」


ヒナタのためでなければ、こんなところになど来るものか、とナルトは笑った。


偏愛ベクトル
(愛を注ぐ向きは、常に一方向)