ヒナタは買い物に出ていた。

ナルトとの共同生活が始まってから、家の家事は主にヒナタが担当していた。

ナルトの役に立つべく修行したこともあり、今となってはたいていのことは出来る。

何を買うべきか考えながら歩いていると、ふと、周りの人間の声が耳に届いた。

正確に言えば、認識した。

暗部として修練する中に、白眼を使わない聴力を鍛えるものもあった。

おかげで、道行く人のたいていの会話は耳に入って来る。

違いは、その内容を認識するか否か、だ。

普段なら、もちろんすれちがっただけの言葉など認識しない。

だが、その言葉の中に、ヒナタの大切な人に関わる単語が出てきたため、

ヒナタはその言葉を認識して足を止めた。

怪しまれないように、自然な動きで路地裏に入る。

そこから、今しがた聞こえた会話の続きを聞くため、ヒナタは耳を澄ました。

「……ねえ、どうして九尾のガキをいつまでも生かしておくのかしら」

「そうよそうよ。三代目はお優しすぎるわ。とっとと始末してしまえばいいのに」

その言葉に、その会話の主達の首を掻っ切ってしまいたい衝動に、ヒナタは襲われた。

それを何とか抑える。

それでも、その瞳は怒りに燃えていた。

会話は続く。

「あれのせいで、どれだけの人が亡くなってしまったと思っているのかしら」

「ええ、四代目が命を懸けて封印して下さらなかったら、

一体どれだけの被害が出ていたのか……想像もつかないわ」

「なのに、のうのうとあれが生きているのが信じられない」

「本当よ。あんな忌々しい子、消えてしまえばいいのに」


「っはあ、はあ、はあ」

森の中で、ヒナタは息を切らしていた。

それは、町中から必死に走ったためではない。

動悸が、するのだ。

夜の闇に似て非なるものが、ヒナタの心の中に渦巻く。

しかし、闇よりもっと深く暗く。

濁ったもの。

それは、憎しみだ。

「……が」

荒い息の間に、言葉が漏れる。

「あなた達が、あの人の何を知ってるというの……っ!!」

ヒナタは歯をかみ締めた。

それを、先ほどの者たちに言ってやりたいと思う心を、抑える。

ナルトに言いつけられたことを覚えているからだ。

里の者が自分のことをなんと言っていても無視しろ、と。

でなければキリがないというのだ。

全ての者に手を出していれば、里は崩壊してしまうから。

それは、ナルトが望まないから。

だからヒナタは、必死に殺気も抑え、里はずれの森までやってきた。

ヒナタは木に寄りかかるようにしゃがみこむ。

ようやく動悸が収まってきていた。

だが、憎しみが止まらない。

そして。

「悔しい……っ」

自分は見ていることだけしかできない。

ナルトのために、何もすることができない。

ヒナタはそれが悔しかった。

何も知らなかった頃より、ずっと。

今は知っている。

過去にあった本当のこと、里がナルトを憎む理由。

それが、見当違いの憎しみであることさえ。

だからこそ、里の人間がナルトを蔑むことが許せなかった。

彼女達は、真実を、ナルトの本当の姿を知らない。

それは隠されべくして隠されたものだから、知らないことを責めることはできない。

それでも、彼女達が知っていることもあるのだ。

ナルト自身は、あの事件で何もしていないことを。(赤子だったのだから当然)

ナルトが、中身はともかく、見かけは十三歳という子供であることを。

真実を知らなかったとしても、ナルトが責められるいわれなど少しも無い。

だというのに、彼女達だけじゃない、里の人間達は、やり場の無い憎悪を全てナルトに向けている。

今、自分が里の者たちに憎しみを抱いているように。

ヒナタは拳を握り締める。

もし、家族を、恋人を、何者にも代えたがい大切な人を、奪われたのなら、

ヒナタ自身も憎悪するだろうことを知っている。

ヒナタにだって何者にも奪われたくない人がいる。

何かにその喪失の恨みをぶつけたくなる気持ちも、分かる。

けれどその対象がナルトであるなら、話は別で。

気持ちを察せないことも無い、だけどその対象がナルトであることが、何よりもヒナタは許せなかった。

そしてその許せないという気持ちが、里の者たちがナルトに抱いている感情と同じものなのだ。

ヒナタは里の者たちに、里の者たちがナルトに抱いているような、行き場の無い憎悪を感じている。

この恨みだって、あちらからすればお門違いなのが分かっている。

だからこそヒナタは、自分が許せなかった。

ナルトのために何もできない自分が。

ナルトを憎む里の者たちと同じような感情を感じている、自分が。

「悔、しい……っ!!」

解決の方法など無い。

大切な者を奪われた恨みは未来永劫続くだろう。

ナルトを恨み続けるだろう。

そしてヒナタもナルトを愛している以上、里の者たちへの恨みを永遠に感じ続けるだろう。

堂々巡り。

それは、殺し殺される忍の世界の連鎖にも似ていた。

憎しみの絶えない世界。

終わらない連鎖。

「……強くなりたい……」

ヒナタはぽつりと呟く。

握り締めた手が、少し変色していた。

忍術や体術などの力はもとより、心を強く持ちたいと。

「あの人の隣に、立てるくらい、強く……」

未だヒナタは何もかもが、ナルトには程遠く及ばない。

それをヒナタ自身がよく知っている。

だからこそ、ヒナタは強くなりたいと強く願った。

もうこんな悔しい思いをせずに済むように。

少しでもナルトの支えになれるように。

胸を張って、ナルトの隣に立っていられるくらい。

「強く……」


ヒナタの慟哭のような呟きは、森のさざめきに飲まれた。


森の嘆き
(その声は自身の内へ)