暗くて長い道の中。


そこには確かに、光があった。


 1.死神と姫


夜、森を二つの何かが駆け抜けた。その二つの距離は数メートル。

しかし、いきなり後方の何かは距離をつめ、一気に前方の何かに詰め寄った。

そして、ためらうことなくその手に握り締めたものを振る。

前方にあった何かは、二つに分かれた。そしてその瞬間に燃え出す。

それが燃え尽きるのを見届けた後、

後方にいた何か―――狐の仮面をかぶった人だった―――は一言だけ、つぶやいた。

「任務完了」

一瞬後には、もう何もなかった。


三代目火影は、執務室で静かに座っている。しかし、不意に顔を上げた。

「帰ったか」

「帰還しました。任務は滞りなく完了。詳細はこちらに」

急にそこに姿を現した狐の面を被った者は、巻物を取り出す。

火影はそれに一通り目を通すと、巻物を閉じる。

「確認した。今日はもう帰ってよいぞ、殀=v

「御意」

殀≠ニ呼ばれた狐面の人は、そういって踵を返す。そして火影は殀に向かって一言だけ言葉を発する。

「悲しませるでないぞ」

誰を、とも、どうやって、とも言わなかった。

それでも殀は背を向けたまま頷く。

「当たり前だ」

そして、忍は、消えた。


深い深い森の中、忍は歩いていた。

否、走っていた。

それこそ、鳥も追いつけぬような速さで。

なのに、森のざわめきしか聞こえないほど、静かだった。

何もない場所で忍はとまり、いくつかの印を結ぶ。

すると、そこに突然大きな館が現れた。

その扉を、忍はゆっくりとあける。

そして、開けるなり感じたぬくもりを、優しく抱きしめた。

「ただいま、陽夢」

「お帰りなさい、ナルト!」

忍――ナルトは、そのまま後ろ手に扉を閉める。

「大声を出すな。体に響くぞ」

「今日はだいぶ調子いいの。大丈夫よ」

「と言って、この前も倒れただろうが」

そう言って、ナルトは陽夢を離して、軽く小突いた。

「むう」

陽夢は悔しそうに、でも嬉しそうに、そうつぶやいた。

「風呂に入ってくる。クオ、準備をしておけよ」

「わかっている」

陽夢の傍に静かにたたずんでいた青年は、そう返事した。


ナルトは風呂から出た後、クオの用意した食事を食べ、寝室に向かった。

部屋をノックすると、陽夢が返事をしたので、ナルトは部屋に入る。

そのまま、ベッドに座っていた陽夢に並んで座った。

「ナルト、今日も怪我してない?大丈夫?」

「俺の腕を信用してないのか?大丈夫に決まってるだろ」

ナルトが少し諭すように言うと、陽夢は悲しそうにうつむいた。

「でも……心配なの。私は、何もできないし……ナルトみたいに戦える力があったら良かったのにな……」

ナルトはひとつため息をついて、陽夢を抱き寄せる。

「お前が戦う必要はない。陽夢は戦えなくても、こうして俺の傍にいてくれる。俺はそれだけで十分だ」

「でも……」

「それにな」

なおも食い下がる陽夢の言葉を遮って、ナルトは陽夢の頬に手を当てた。

「美しいお前が傷つくところなんて見たくない」

その言葉に、陽夢が少し赤くなった。

「もう、ナルトったら…でも、ありがとう」

陽夢は、嬉しそうに微笑んだ。


眠った陽夢を置いて、ナルトは寝室を出た。

「お前はまだ眠らないのか」

すると、椅子に座っていたクオが振り向きもせずに言った。

「明日の準備がある」

ナルトも、クオの方を見向きもせずに返す。

「どちらだ」

「両方」

そう言って、風呂に入る時に取り外したものを持ってきた。

ほとんどは武器である。

「二足のわらじは大変か」

ナルトは暗部と下忍を兼任している。

下忍をやっているのは、将来有望な下忍の護衛のためだ。

「大変といえば大変ではあるが……陽夢を守るためなら、これくらいは厭わない」

むしろ、そのためならどんなことでもしてみせる。

そう続けて、ナルトは武器を研ぐ。

「どれだけの人が死のうと、どれだけの血が流れようと、俺は構わない」

「ふっそれこそ“死神”にふさわしい言葉だな」

“木の葉の死神”、それがナルトにつけられた通り名だ。

何の情もためらいもなく、ただ敵の、人の命を刈り取る死神。

それを尊敬する者もいれば、畏怖する者もいる。

しかし、ナルトにとってはそんなものたちすら、気にかける価値のないものだった。

「……くだらない」

そう呟いて、武器の手入れを終えたナルトは、全部元通りにしまっていく。

「周りがどう思おうと、俺には関係ない。陽夢がいれば、それでいい」

その言葉に、クオは、そうだなと笑った。

「陽夢が俺の全てだ」

それだけ言って、ナルトは部屋を出た。

準備が終わったようだから、おそらく寝る準備をしに行ったのだろう。

「まったく、末の恐ろしい奴だ」

たった一つの何かに依存するものは、何よりも強く、何よりも脆い。

それを知った上でのナルトの選んだ道。

その道の先に何が待っているのか。

それはまだ誰にも分からない。

「まあ、ゆるりと見守ることにしようか」

クオが一息ついて、部屋の灯りが消えた。


真っ暗な部屋には、誰もいない。