2.あかのゆめ


ぴしゃん、と液体の落ちる音。

それが何かは、視界が闇に覆われていて、分からない。

だが、その音は徐々に近づいている。

ぞく、と悪寒が背に走る。

怖い怖いコワイコワイこわいこわい。

強烈な力が、奔った。


「きゃああああっ!」

がば、と陽夢は目を覚ました。

息を整えて、辺りを見回す。

そこは見慣れた自分の部屋だった。

「ゆ、め……」

どくどくと、心臓が脈打つ。

今しがた見たばかりの夢を思い出して、身震いした。

「どうした、陽夢!」

瞬身で、陽夢の傍にクオが現れた。

「だ、大丈夫。ちょっと怖い夢を見ただけ」

胸を押さえたまま、陽夢は小さく笑う。

「こんなに汗をかいて大丈夫なものか」

そう言って、陽夢の汗を拭った。

素直に身を任せながら、陽夢は一息吐く。

「どのような夢を見た?」

「うん……真っ暗で、よくわからないんだけど、水か何かが落ちる音が、ちょっとずつ近づいてくるの」

「液体、か?」

細かく思い出そうと、目を閉じながら陽夢が頷く。

「たぶん。何でかすごい怖くって、でも動けなくって、それで、音が大きくなって

……すごい力を感じて、爆発した感じで、目が覚めたの」

そこで陽夢は目を開けたが、あ、ともう一つ付け加えた。

「そういえば、何か温かかったかなあ」

その言葉に、クオは僅かに顔をしかめる。

少し考え込んでいたが、首を振って考えを中断した。

「後でナルトに伝えておこう。疲れただろう。もう少し休むといい。今、薬を持ってくる」

そう言って、クオは立ち上がる。

その背を見届けながら、ぽつりと陽夢は呟く。

「温かくて、冷たかった、な……」


「そうか、陽夢がそんな夢を……」

森の中で、ナルトはクオの報告を聞いていた。

「ああ、多分液体というのは、おそらく……」

「血だな」

クオの続きを、ナルトが引き取った。

「視界が真っ暗だったのは、無意識の自己防衛と考えられる。

夢で血なんてまともに見たら、確実にショックが大きいからな」

ナルトの分析にクオも頷く。

「して、その解釈はどう考える?」

一番の問題はそこだ、と続けたクオに、ナルトは宙を睨んだ。

「ろくでもないことは確かだな。血が近づいてくる、か。

その対象が何かは分からないが、用心に越したことはない。

俺は火影様に報告に行き、そのまま護衛につく。お前は戻って、絶対に陽夢から目を離すな」

「承知」

軽く頷いて、クオは姿を消した。

「厄介なことに、ならなければいいが……」

そして次の瞬間には、ナルトの姿も消えていた。


「ふむ、あの子がそのような夢を」

「いかが致しますか」

殀の報告に、火影はあごへ手をやる。

しばらく考えるそぶりを見せてから、机の上の書類を漁った。

「対象はそう多くは無い。かつ、他の条件も踏まえて考えると……こやつが妥当なところであろうな」

そう言って、火影は一枚の書類を差し出す。

殀は一度礼をしてから、それを受け取って目を通した。

「……岩隠れとの国境戦を指揮している上忍、ですね」

その書類には、現在の土の国との国境戦の状況が記されていた。

その中に名前が挙げられていた、指揮官。

「うむ。最近なにやら岩の動きがおかしいとの連絡も来ておる。

もし、その者を殺されるようなことがあれば、この先国境戦はかなり傾くだろう」

それが理由だと言った火影に、殀も頷いた。

「可能性は、高いと推察されます」

「ならば、殀、お前に任務を与える。

今晩里を発ち、国境戦に加勢し、何か不穏な動き等あればお主の判断で処理せよ」

「御意」


ナルトが家に戻ると、陽夢は眠っていた。

その顔はやや白かったが、穏やかな寝息を立てている。

「クオ、様子は」

「危篤ではないものの、疲労している。二日は目覚めぬだろうな」

陽夢の傍に座っていたクオは、僅かに視線をナルトへ向けて答えた。

その言葉に複雑な顔をしながら、ナルトは手早く身支度を始める。

「俺は今晩里を発ち、岩隠れとの国境へ向かう。陽夢に何かあったら、すぐに知らせろ」

「対象は、そこなのか?」

「可能性は高い」

身支度を終えたナルトに、クオが少し険しい視線を向けた。

その意味を汲み取って、ナルトは微かに笑う。

「分かっている。しかし、他に該当するものが無い。消去法だ」

「まあ、いい」

一つため息をついて、クオは視線を陽夢に戻す。

ナルトも陽夢の傍に移動して、優しく頭を撫でる。

「行ってくる、陽夢」

ナルトは、クオにも、火影にさえも向けない微笑で。

「お前の夢は、無駄にはしない」


優しく、そう言った。