4.光の残照


ナルトは正直、苛立っていた。

原因は幾つかある。

一つ目に、まだ陽夢が回復せず、眠ったままで、心配であること。

だいぶ力を消耗したらしい。

クオ曰く、今日一日は少なくとも起きないだろうとのこと。

二つ目に、ここ最近ずっと忙しく、碌に寝ていなかったこと。

里のためならどんなことも厭わない心積もりだったが、

さすがに一ヶ月は精神的に堪えて来ている。(今のところ保っているのはやはりあの少女のおかげで)

三つ目に、現在のこの状況だった。

相も変わらず遅刻してきた担当上忍から知らされた下忍合同任務。

集まったら集まったで、あちこちで騒ぐ下忍たち。

“うずまきナルト”は、ここでは一緒に騒がなくてはいけないのだ。

表面上は騒いでいながら、ナルトの機嫌は急降下中だった。

告げられた任務が、合同での組み手だというのだから、なおさらだ。

全力で戦ってはいけない、(そんなことをしたらここにいる人間たちは一分で死に絶える)

バカな子どものふりをしなくてはならない、(今から見れば結構前に決められた仮面だ)

かつ、誰にも見つからないように。

あと一キロというところまで迫ってきている気配たちを、殲滅しなければならない。

本当に面倒だ、とナルトはこっそりと息を吐いた。

隠れて印を結び、影分身を北へ飛ばしながら。


下忍九人プラス上忍三人が合同演習をしている場所から北へおよそ九百メートル。

最後の一人の首を落として、殀は初めて足を止めた。

額宛ては霧隠れ。

理由などもう聞くこともなく、名家の子供達。

何十回目、何百人目の訪問になるか分からない彼らを、殀は塵も残さず燃やし尽くした。

「馬鹿な奴らだ」

向かわせた人間が、悉く帰らないのなら、殺されているのだと見当もつくだろうに。

それにも関わらず、どうしてこう何度も刺客を送りつけてくるのか。

動けば多少の鬱憤晴らしにはなるが、無駄に気を使わされているから、結局は意味がない。

意味がないのなら、無駄な労力などなければいい。

戻ろうとして、不意に飛んできた“声”に踏みとどまった。

『まだ目覚めぬ。だが、大分顔色は良くなった』

一言だけ送られてきたクオの念話。

クオと自分には、一本の太い繋がりがある。

それを通して届けられた声に、殀は小さく口角を吊り上げた。

苛立っていた己の心境を察したのだろうか。

まあどちらでもいい、と殀は印を結ぶ。

陽夢が回復しつつあるというのが、何よりで。

帰ったらあの笑顔が見れるかもしれない、と殀は少しだけ機嫌を浮上させて、消えた。


無事に戻った影分身の情報を、ナルトは何の感慨も無く吸収する。

クオの言葉は本体にも届いていた。

それはナルトにとって喜ぶべきことで、そしてそれ以外に喜ぶべきことがない。

そしてナルト自身はそれでいいと思っている。

ナルトは陽夢以外に、大切なものなどないのだ。(強いて言っても三代目火影)

「ナルトーっ!何やってんのよ、早く始めるわよ!」

「ごめんサクラちゃん!今行くってば!」

呼びかけるチームメイトに、いつもの仮面を被って答える。

任務のため、ナルトは地を蹴った。


「早く、早く帰ろってば!」

合同演習が終わるや否や、ナルトはカカシに次の連絡をするよう急いた。

「何、あんた何か予定でもあるの?」

サクラが意外そうに尋ねる。

「そうだってば、俺ってば今日は早く帰りたいの!」

手足をばたつかせながら、ナルトは落ち着き無くそわそわする。

その姿をちょっと微笑ましそうに見てから、カカシは口を開いた。

「明日は任務なし。ゆっくり休むといーよ。次の集合はあさっての朝八時。遅れないように……」

「「一番遅れる先生が何言ってるんだってば(ですか)」」

途中まで見事にはもったナルトとサクラに、カカシが苦笑する。

「連絡終わりだってばね!?じゃあ、俺ってば帰る!」

カカシの返事を聞く前に、ナルトは全力疾走で駆けて行った。

夕日は赤く、走り去るナルトは朱金に染まっている。

成り行きを見守っていたサスケが、不意に軽く目を瞬かせた。

若干の空気の変化を読み取り、カカシがサスケの顔を覗いた。

「どうした、サスケ」

「何でもない」

そっけなく言って、サスケも家へ帰るために歩き出した。

慌ててサスケに挨拶をして、サクラも帰路へと着く。

帰っていく二人を見送ったカカシが振り向くと、ナルトは既に影も形もなかった。

ただ代わりに、軽く目に焼きついた、朱金だけ残して。


人目につかないとこに出てすぐ、ナルトは瞬身で家に帰った。

待ちきれないとばかりに、それでも静かに陽夢の部屋の扉を開く。

そこにはクオと、粥をクオに注がれている陽夢がいた。

「帰ったな、ナルト」

ナルトを見て取って、クオは一度、粥を注ぐ手を止めた。

「……ナルト?」

まだ弱弱しい声がナルトの名を呼ぶ。

ナルトはすぐさま傍に駆け寄って、陽夢の手を握った。

「無理しなくていい。ゆっくり休め」

気遣うナルトに、陽夢が小さく笑う。

そしてナルトも、同じように小さく笑った。

「クオ、陽夢の体調は」

「今までより回復が早い。早々に終わったのが良かったのかもしれぬな。

明日には自分で食事も取れるだろう」

粥を持っていたクオが頷く。

それに酷く安心して、陽夢の世話をクオに任せ、ナルトは立ち上がる。

「ナルト……」

「ん?」

声をかけた陽夢に振り向く。

「明日……お話、聞かせてね」

まだ力の入らない体で、陽夢が出来る限りの笑みを顔に乗せる。

ナルトも、今自分が出来る限りの笑顔を見せた。

「ああ、明日はたくさん話そう」

陽夢が小さく頷くのを確認して扉を閉める。


夜の任務に行くナルトの顔は、昼間よりずっと清清しくなっていた。