7.憂いの花束 入ってきた情報に、三代目は顔を顰めた。 伝えてきた暗部を下がらせる。 「さて、どうしたものかのぉ……」 ぎし、と椅子の背もたれを鳴らしながら、三代目は天井を見上げた。 「何か御用で」 呼ばれた殀は、すぐさま三代目の執務室にはせ参じた。 三代目はうむ、と頷く。 「先ほど、音の里に偵察にやっている暗部から情報が入っての。 大蛇丸が、未来を知る能力を持つものを探しているということじゃ」 ぴく、と殀は僅かに気配を波立たせる。 三代目はその変化を感じながら、続けた。 「木の葉に密偵を放っているらしい。 今のところ里で捕まった不審者の報告は上がっておらぬのじゃが、 だからこそ、それなりの手鍛をよこしているということじゃろう。重々注意せい」 「御意に」 殀は深々と礼をする。 他にこれと言った用がないことを伝えると、すぐさま殀は持ち場に戻っていった。 時刻は昼間。 すなわち殀の持ち場とは、下忍の護衛だ。 それを見送った後、三代目は窓から太陽を見上げる。 「まぶしい、のぉ。すっかり、昼の陽がこたえる老体になってしもうた」 あの頃はまだもう少しましだったか、と三代目は数年前のことを思い返す。 ナルトが四歳、陽夢が三歳の時の頃だ。 全てを拒絶していたナルト、全てを受け入れていた陽夢は、出会い、 そして今では互いに互いと離れられないほどになってしまった。 あの時は変化に喜んだものだが、今では少し後悔している。 三代目は、彼らの互いを思う心が、いずれ何か大事を引き起こすのでないかという気がしてならない。 しかし、もう彼らを引き離すことなど、出来はしないのだ。 “あれ”がある以上、引き離したところで――。 三代目は首を振る。 どうにもならないことを考えたところで、何の実にもならない。 今、出来ることは。 「大蛇丸の奴が余計なことをせねばよいがのぉ……」 そう祈ることだけだった。 ナルトは七班の元に残してきた影分身と入れ替わり、何食わぬ顔で任務に復帰した。 今日の七班の任務は、子守りだった。 とある火の国の大名の御曹司、いずれ大名の名を継ぐ、それなりに地位の高い子どもである。 よって、ナルトたちに失敗は許されなかった。 これといった異常は起きていないことを確認し、ナルトは子どもをあやしにかかる。 変顔などをして子どもをあやしながら、ナルトは違うことを考えていた。 大蛇丸が予知能力者を探している。 そのような希少な能力を持った者はそうそういない。 それこそ、ナルトは陽夢以外に予知能力者など知らないのだ。 陽夢と里以外に関心のない自分が知らないだけかもしれない。 木の葉という巨大な組織には、実は他の予知能力者が存在しているのかもしれない。 だが、大蛇丸の標的が陽夢ではないとも言い切れないのだ。 陽夢の一族は表舞台の歴史からは隠されてきた存在。 だが、木の葉においてそれなりの地位と、裏に通ずる顔を持っていた大蛇丸は、 もしかしたら知っているかもしれない。 可能性がある以上、それを見過ごすことは出来ない。 陽夢を守るためには、用心過ぎるに越したことはないのだ。 (陽夢に近づく奴は、誰であろうとその首を掻っ切ってやる) ナルトはそんなことを思いながら、子どもとじゃんけんをしていた。 「う……ん……」 「目が覚めたのか、陽夢」 うっすらと目を見開いた陽夢は、その視界にクオを入れて、微笑んだ。 「うん。大分、調子よくなったみたい」 「油断をすると、ぶりかえすぞ」 クオは苦笑しながら、水を陽夢に手渡す。 陽夢はそれを受け取りながら、ぼんやりと考えた。 (あの夢は、もう見ないなあ) 数日前に見た、鈍い銀色の煌く夢だ。 陽夢はあの夢がどうも気になって仕方がない。 現実世界に近い夢は、陽夢の能力上、無視できないものだ。 (だけど、もし、あの夢が示すものが、私の考えどおりだったら……) ぶるると陽夢は体を震わせた。 それを見たクオが、気遣わしげに陽夢の背をさする。 「寒いのか?」 「……ううん、大丈夫」 水を飲んだ後、陽夢は再び横になる。 クオは、陽夢の額に手を当てた。 「熱はないようだが……寒いのなら、横になっていた方がいいだろうな」 「大丈夫だってば」 陽夢は苦笑する。 それから、温かいクオの手の体温に、今度は微笑を浮かべる。 「クオ……あのね、もし、もしなんだけど……」 「なんだ?」 クオが不思議そうに陽夢の顔を覗き込む。 陽夢は少しその顔を眺めたあと、目を閉じて首をふった。 「ううん、なんでもない。クオ、長生きしてね」 「望まなくても、私の寿命は人に比べて、長すぎるくらいだ」 くく、とクオが笑う。 既に数百を数えたクオの年齢を思い出して、陽夢も笑った。 (人に比べて、私、は……) また白銀が奔った気がして、陽夢は意識を閉じた。