8.混沌の胎動


「本当に、いいのね……?」

「ああ、これは俺が決めたことだ」

「……分かったわ。やろう」

「俺がお前を守る。この命がある限り」

「私はあなたの傍にいる。この命が続く限り」


それは、遠い日に交わした――。


殀は木を次々と渡っていた。

今夜の任務は、密書の運搬。

火の国でも有力な、大名同士の密約について記した紙だ。

もし万が一それが紛失されるようなことがあれば、木の葉の信用ががた落ちすると共に、

それによって火の国が不安定になり、傾く。

AランクもSランクも超えた、SSと言って良いほどの任務だ。

もちろん、他国がこれを逃す手は無い。

現に殀の背後には数え切れない数の追っ手がいる。

殀はため息をつき、割と開けている場所で立ち止まった。

「面倒だ。一回で済ませたい。まとめてかかって来い」

殀が動きを止めたことで様子見に入った忍たちは、その言葉に、瞬時にコンタクトを取った。

回された合図は、“突撃”。

影という影から飛び出てきた忍たちに、殀は仮面の下で口を歪ませる。

「愚かな奴らだ」

死神が、嗤った。


「ちっ。少し血が散ったな」

ぶん、と刃に付いた血を払いながら、殀は舌打ちした。

それから刃を持ったまま印を組む。

殀によって発生した炎は、殀が望むものだけを焼き尽くして、消えた。

何もなくなったのを確認して、殀はそこを立ち去る。

「余計な時間を取らせるな」

殀の彼らへの手向けの言葉は、それだけだった。


火の国の大名は、木の葉の忍から、殀から密書を受け取った。

中身を確認して、大名は満足そうに笑う。

「うむ。よくやった。下がっていい。礼金は後で木の葉に送らせよう」

「はっ」

殀はすっと姿を消す。

そして大名は大きな声で笑い出した。

「ははは、本当に馬鹿な連中だ。内容も知らず、懇切丁寧に届けて来おったわ!」

そして、暗がりへと話しかける。

「そうは思わんか?」

「ええ、本当にそう思うわ」

暗がりにいる人物は、にやりと笑った。


空が、黒い。

雲は無い。

世界が黒い。

誰もいない。

否、自分がいる。

自分ひとりだけが、その世界で立っていた。

苦しい。

つらい。

痛い。

締め付けられるような痛みが、全身を支配する。

(嫌、嫌、嫌!!)


「嫌ぁ!」


陽夢は、ばちりと目を覚ました。

息は荒く、脈が速くなっている。

陽夢が目を覚ましたのを見て、クオが急いで駆け寄った。

「どうした、陽夢!」

その尋常ではない様子に、クオは息と脈を整えさせ、熱を測る。

何分かして、ようやく陽夢は落ち着いてきた。

それでも生気を失ったその顔に、クオは顔を曇らせる。

「また夢、か?随分と早いな」

「……うん。でも、今までみたいな動きとか音があるような夢じゃなくって……

ずっとずっと静かで……なのにとても冷たい感じなの」

若干衰弱しながらも、陽夢は今見た夢をクオに伝える。

クオが今まで知る限り、そのような夢を陽夢が見たことはなかった。

「今まで一度も、そんな経験は無いのか?」

「ううん。一度だけ……あるの」

そして陽夢は一度言葉を切って顔を翳らせる。

クオは無理はするなと言ったのだが、陽夢は顔を上げて続ける。

「それは、小さい時に、“私が死にかけた時”……クオ、覚えてるよね?」

その言葉にクオはさっと顔色を変える。

陽夢を心配する色から、それは怒りの色へと変わった。

「まさか……“あの時”、か?」

叫びそうになったのをどうにかこらえる。

弱っている陽夢の傍で大声を出すのは、陽夢の体に響く。

陽夢は横になったまま、静かに頷いた。

「そう……だから多分、この夢の……」

ごほ、と咳き込みながら、それでも陽夢は伝えた。


「条件は、“私”を指定してる……」