ふと、温もりが足りない気がして、意識が浮上した。

顔に当たる冷気が、まだ真夜中であることを示している。

まぶたを開けた途端、目を覚ました原因が分かった。

雷蔵が。

眠る前までは、目の前にいた彼が。

いないことに気がついた。

慌てて飛び起きる。

部屋を見渡しても、どこにもいない。

寝相が悪くて抜け出たわけでもない。

雷蔵がいたはずの場所に手を当てれば、ほんの少しだけ温かさが残っている。

それは、厠に行っているにしては冷たすぎるが、そう時間が経っているわけでもないということだ。

ならば近くにいるはず。

彼が部屋を出たことに気付かなかった自分を叱咤する。

それから、着の身着のまま部屋を飛び出した。

廊下にはいない。

屋根の上にもいない。

月の高さから見てもう日付が変わっている頃。

なら、同級生を訪ねているというのも考えにくい。

声を出すわけにも行かず、代わりに神経を研ぎ澄ました。

何でもいい。

音、気配、光、雷蔵に繋がる何かを。

と、意識の隅で、何かが引っかかった。

違和感のようなもの。

ありえないような何か。

直感的に、そちらへ走った。

そこは、学園内にある茂みの中。

その、少しだけ奥まったところ。

そこで、探していた彼をようやく見つけた。

何をやっているのかわからない。

耳を塞いで、しゃがみこんでいる。

声をかけようとした瞬間、ぞくりと悪寒のようなものが背筋を走った。

酷く冷たい予感のような。

すぐそこの雷蔵が、とてもとても遠くに感じた。

手を伸ばしても届かないどこかに行ってしまったように感じた。

「雷蔵!」

声が出たのは、殆ど反射だったのかもしれない。

それと同時に、どこか張り詰めていた空気が緩んで、雷蔵がこちらを振り向いた。

その瞳の暗さに、また、慄きに似たものを感じる。

「どうしたの、三郎。そんな顔して」

自分がどんな顔しているのか分からない。

いや、顔だけは雷蔵の顔のはずなのだ。

でも、分からない。

顔を失ってしまったような気がした。

「雷蔵!」

足に力を込めて跳躍。

雷蔵に飛びついた。

雷蔵の体が傾きかけて、一瞬拙かったかと思ったが、雷蔵は私の体を受け止めてくれた。

その体が驚くほど冷えていてびくりとした。

まるで死人のごとく。

離さないように、どこかへ行かないように、力を込めて抱きしめた。

背をあやすように撫でてくれる雷蔵の手が、少し寒さで固まっている気がした。

「どうかした?」

なのに、雷蔵は私の心配ばかりするから。

「それは私ではなくて……っ!」

違うのだ、違うのだ。

でも、言葉の先は声にならなかった。

言ってしまったら、今この腕の中にいる雷蔵がどこかに行ってしまう気がした。

「……目が覚めたら、部屋にいなくて、驚いた」

本当はそんなことを言いたいのではないのに。

それでも雷蔵は笑って応えてくれた。

「ごめんごめん。ちょっと目が覚めて、散歩してた」

違うだろうなんてこと、私に言えるはずもなく。

何で。

私は。

「だから泣き止んでよ、三郎」

と、頬を生ぬるいものが伝っていることを、言われて初めて気がついた。

これは何の涙だろう?

安堵?

悲しみ?

恐怖?

どれか分からない。

分かりたくない。

私はこんなに臆病だっただろうか?

「……雷蔵、体、冷え切ってる。早く長屋に戻ろう」

苦し紛れに声を出せば、雷蔵はまた笑って応えてくれた。

「そうだね、明日も早いし、もう寝ようか」

「……うん」

ゆっくりと、雷蔵から手を離す。

そこで雷蔵の顔を見た。

笑っていてくれることがとても嬉しいのに。

笑っていてくれることがこんなにも辛いなんて。

雷蔵が、私の手を取った。

その手は、まだ私に比べてとても冷たい。

ゆっくりと、連れ添って歩き出す。

こんなにも近くにいるのに、雷蔵はとても遠い場所にいる。

なあ、雷蔵。

君はどこにいるのだろう?

どうして行ってしまったんだろう?

心の声に返事なんてない。

むしろ、答えられることが怖かった。

この手を離してしまったら、君がいなくなってしまう気がした。

なあ、雷蔵。

決して、決して、この手を離しはしないから。


どうか何処にも行かないでおくれ。


存在依存
(私は君がいないと狂ってしまいそうだ)