夜風が冷たい。

月が輝く。

星が瞬く。

雲が流れる。

草木の擦れる音がする。

風の音がする。

それら全てを感じて、目を閉じた。

風の冷たさと、物音は変わらず、ただ視界だけがふさがれる。

次に、両手で耳を塞いだ。

音も、聞こえなくなった。

ただ、風の冷たさだけを感じる。

今度は、出来るだけ感覚を遮断し、意識を自らの体内に集中させた。

すると、風の冷たささえも、殆ど感じなくなった。

感じるのは、体内を流れる血の感覚、心臓の鼓動。

それに意識を沿わせるように、しゃがみこんだ。

とくんと、血と心臓の音。

人間を形作る要素の欠片。

その音が、自らを中心にとぐろを巻いている気がする。

締め付けるように、閉じ込めるように。

逃がさないと脅すように。

「言われなくたって、逃げはしないよ」

誰ともなく、呟く。

当然誰の返事もない。

「僕は……」

「雷蔵!」

そう思っていた矢先、空間を切り裂くような声が響いた。

途端、風の冷たさを、そして周りに取り巻く音たちを認識した。

目を開ければ、夜空と、月と星と雲と。

そしていろんな意味で相方である彼の、切羽詰ったような表情が。

「どうしたの、三郎。そんな顔して」

これまた彼らしくなく、息を切らしている。

「雷蔵!」

三郎は足を緩めぬまま、僕に飛びついて、抱きしめた。

少々衝撃があったけど、それは足に力を込めて踏ん張る。

三郎の、熱を感じる。

ぎゅうと、力を込めて抱きしめて来る彼の背を、あやすように撫でてやった。

「どうかした?」

「それは私ではなくて……っ」

三郎は言葉を切った。

続ける代わりに、また力が強くなる。

それは少し苦しい強さだったけど、甘んじて受けてやった。

どうやら、不安にさせてしまったようだし。

震えてもいるし、何より先ほどの顔を見れば一目瞭然だ。

切れた言葉の先も聞かないでおいた。

「……目が覚めたら、部屋にいなくて、驚いた」

それが三郎が本当に言いたいことではないと、分かっていたけれど。

「ごめんごめん。ちょっと目が覚めて、散歩してた」

それが事実であって真実でないことを、三郎も知っていると分かってもいたけれど。

「だから泣き止んでよ、三郎」

彼の涙なんて、もう見ていたくなかったから。

それは傲慢な考えかもしれない。

自分勝手で、意地が悪い思いかもしれない。

それでも、それでもそれでも。

「……雷蔵、体、冷え切ってる。早く長屋に戻ろう」

「そうだね、明日も早いし、もう寝ようか」

「……うん」

三郎がようやく僕から離れた。

でも、その体がまだ少し震えているのが分かったから、その手を握ってやる。

まだ三郎の方が体温が高いけれど、三郎の震えは収まったようだった。

連れ添って、歩く。

少しでも安心させてやりたいと、笑いかけてみたけど、どうやら失敗だったらしい。

三郎の顔は、顔だけ言うのならそれは僕の顔なのだけれども、酷く怯えた顔をしている。

ああ、そんな顔をさせたいわけではないのに。

ねえ、三郎。

僕たちはきっと誰よりも近いけれど、誰よりも違うから。

僕は僕のことに君を巻き込みたくはないんだよ。

僕は僕のことで君を悲しませたくはないんだよ。

これは僕が背負わなければならないもの。

君は背負わなくていい、背負わせたくない。

それでも僕は君と居たいんだ。

君とこうして一緒に歩いて居たいんだ。

君と一緒に笑って生きていたいんだよ。

ねえ、三郎。

こんな我がまま僕を、君は許してくれるかい?


心中の独り言には、夜風だけが応えた。


我侭な願い
(僕は僕で君は君、だからこそ僕は)