「ただいまあ」 「お帰り雷蔵」 戸を開けて部屋に帰って来た雷蔵を、三郎が迎えた。 それから三郎は雷蔵の机の上を指して。 「兵助が本を返しに来たぞ。礼を言付かった」 「分かった」 雷蔵は頷いて、本を視認した後、端に避けた。 それから図書室から抱えて持ってきたらしい、本を置く。 全部あることを確認した後、雷蔵はそれを反対側へと避けた。 「また借りてきたのか?」 「うん、今度は詩歌を中心に」 「君は図書室中の本を読破するつもりかい?」 雷蔵は昔から、とても本を読む。 雷蔵が図書委員になった日から、雷蔵は本を借り、 それを読み終わったらすぐに新しい本を借りてくる。 勉学に関わるものだけでなく、各地の文化や風習から、 どちらかというと雑学と言った方がいいようなものまでもだ。 「せっかくあるんだから、読まないよりは読んだ方がいいだろう?」 そのやり取りも、もう何回目なのか、三郎には分からない。 そして雷蔵は、暗くなりつつある部屋の中、明かりを灯して、本を読み始めた。 その雷蔵の背中に、三郎はぼんやり視線を向ける。 三郎は、兵助との会話を思い出していた。 三郎には、雷蔵がどのようなことを兵助に言ったのか、予測がついていた。 それを聞いて、兵助がどのように思ったのかも。 だから、今おそらく兵助に必要だと思われる助言をしたのだ。 それはかつて自分が思ったことと同じだったろうから。 三郎は気配を消しながら立ち上がり、雷蔵の背に寄りかかった。 雷蔵は何も言わない。 「雷蔵」 「なあに」 「雷蔵」 「どうしたの」 三郎が呼びかけると、返事だけが返ってくる。 それでも振り向いてくれない雷蔵に、三郎は体の体勢を変えて、その髪にうずもれた。 「……雷蔵」 「だから何」 「ここはとても恐ろしいところだな」 今度は、雷蔵はきょとんとした表情で、首だけ振り向いた。 三郎はそれに少し安堵しつつ、続けた。 「人を変えてしまう、とても恐ろしいところだ」 少なくとも、入学した時のような、純粋な子供のままではいられない。 様々な経験を経て、変化していく。 それは普通の生活で普通に成長しても同じかもしれないが。 確実に、両者の行き着く先は何かが違った。 自分達だとて、もうその変化の途の後半に差し掛かっている。 三郎は、それが酷く恐ろしく感じた。 それから黙りこくった三郎に、雷蔵は、何気なく、当然のことのように、言った。 「でも、僕は三郎がどんなになったって、三郎だと分かるよ」 その言葉に、三郎は今度こそ完璧に固まった。 活動が静止した、の方が近かったかもしれない。 三郎はしばらくその状態を維持してから、口を開いた。 それまでの間、雷蔵は何も言わず三郎を見守っていた。 「雷蔵」 「何」 「大好きだ」 「僕も大好きだよ」 即答。 最後に三郎に笑いかけて、雷蔵は再び本を読むことに専念し始めた。 それでも三郎は満足そうに、雷蔵の髪にうずもれたまま、笑って。 「ありがとう」 変わる何かと変わらない何かを求めて (君がいてくれれば私も私でいられる)