その報せを聞いたとき、私の中に浮かびあった感情は。

多分の安堵と少しの悔恨。

それから一つの決意。


金吾は、ふらふらとしながら走っていた。

その息はとても荒い。

委員会で、目一杯塹壕を掘った後、全速力でマラソンをやったおかげである。

日は暮れかけて、空は紺に染まりつつある。

それでも金吾は気だけは抜かず、一歩一歩確実に学園に走っていた。

(先輩たちは、もう着いたかな……)

折り返し地点を出発してから、何十分も経っている。

他の体育委員の姿を見なくなってからも、もう随分と経っていた。

金吾はまだ一年生だが、既に一年以上この学園で鍛えている他の者は、

かなりの体力を持っていた。

特に、最高学年である委員長の体力は凄まじい。

暴君さには参りつつも、あの様になりたいと、いつも金吾は思っている。

だからこそ、へばってはいられないと、金吾は気合を入れなおして足を進める。

と、ふと遠くから轟音が響いてきた。

たとえるなら、地面を擦るような音。

それは徐々に大きくなり、金吾の傍で急停止した。

途中からその音の発生源に気付いていた金吾は、足は止めずそちらの方を返り見やる。

「どうか、しましたか、七松先輩」

それは、先ほど金吾が思い出していた、小平太だ。

小平太はダッシュに急ブレーキをかけた後、方向転換して金吾の隣に並んだ。

「金吾を迎えに来た!」

にっかりと、満面の笑みに近い顔で言い切った小平太に、

金吾は思わず空を見て時間を確認した。

「そんなに遅かったですか?」

小平太が迎えに来るほど時間をかけてしまったのかと金吾は不安になったが、

小平太は首を振った。

「お前を見つけられることを再確認してた」

その意味がよく分からず、金吾は首を傾げる。

小平太は、金吾が委員会中で遅れている時は、いつだって見つけてくれる。

多少道から外れていても、草むらや木陰で休んでいても。

今更確認しなくても、それはいつものことなのだ。

だが、小平太は少し表情を引き締めて言った。

「先の件、私はお前を見つけることが出来なかったからな」

と言われて、金吾は最初何のことだか分からなかった。

しかし、少し考えて先日のは組行方不明騒動のことだと思い当たる。

金吾が、先輩から聞いたという級友に聞いたところ、は組の行方が全くつかめずに、

学園はそれなりに騒ぎになったらしいのだ。

上級生の先輩方も、探しに出ていてくれたと言っていた。

「もしかして、七松先輩も探してくださったんですか」

「当たり前だ。金吾が行方不明など、一大事だろう。宿題放っぽりだして探した」

「ご、ごめんなさい」

探してくれて嬉しいという気持ちと、

宿題を放り出してまで探させて申し訳ないという気持ちに板ばさみになりながら、

金吾は謝った。

「謝る必要はない。私はお前を見つけることが出来なかったのだから」

そこで、小平太は先ほどのの言葉を繰り返した。

その言葉で、金吾は先の会話も思い出す。

「では、その時見つけられなかったから、見つけることはできるんだと、

確認したかったんですか?」

会話から推測して金吾が尋ねると、小平太は頷いた。

それにはまあ納得した金吾だったが、次に続いた言葉にまた首を傾げる。

「私はお前達がいた森とは、大分遠い場所でお前達が帰還した報せを聞いた」

前の会話と、微妙に繋がっていない。

話は一緒なのだが、会話の順序的に繋がりがない。

通じてないことを感じ取ったのか、小平太は続けた。

「悔しかったのだ。私はお前を見つけられなかった。

傍にさえ行けなかった。私は、一番にお前を見つける者で在りたかったのに」

小平太は金吾の頭に手を乗せ、微笑む。

金吾もまた、小平太を見上げた。

「だから私は“決めた”のだ。次は必ず、私が最初にお前を見つけ出してみせると」

それは、断言による宣言。

必ずそうして見せるとの、決意。

「次だけじゃない。その次もそのまた次も、私は必ずお前を見つけるからな」

強い、思い。

金吾は、小平太に向けていた顔を、笑顔に変えた。

「はい。ありがとうございます、七松先輩!」

小平太も、金吾の笑顔を見て満足したのか、よりいっそう笑みを深めた。

「よーし、学園までもう一息だ!頑張れ、金吾!」

「はい!」

空は殆ど紺色。

その下に学園の明かりが見えている。

金吾は残りのその距離を、笑顔で走りぬけた。


迎えを当てにしてるわけじゃない。

助けを期待してるわけでもない。

ただ、ただ。

“最初に必ずお前を見つけてやる”


そう言ってくれることが、とてもとても嬉しかったから。


その声の届く場所へ
(あなたの一番でありたい)