「もういいかい?」

「まあだだよ」

森の中で、幾つかの声が響いた。

くすくすと、楽しそうに笑うそれは、僅かな余韻を残して消えていく。

また少しして、同じ言葉が響いた。

「もういいかい?」

しかし、今度は返事が違った。

「もういいよ」

「ようし、全員見つけてやるぞ!」

待ち望んだ返事を聞いて、気合のこもった返事が返された。


「見いつけた」

声が降って来て、仕方なさそうに、のそのそと草むらから影が現れる。

「ああ、見つかっちゃった。やっぱりぼくはいつも一番最初に見つかるね」

「もっと見つからないところに、隠れないと」

あはは、と笑いあう。

「それじゃ、ぼくは先に集合場所に行ってるね。頑張ってね」

「鬼に頑張ってって言うのもなあ」

一応了解、と、言ってから、再び走り出した。


「……」

「……わっ!!」

「っひゃああ!!」

大声のち、一瞬空いて、再び大声というより叫び声。

それに一番驚いたのは、周辺の虫やら動物やらだろう。

森がざわめいて、そしてまた静かになった。

「ああ驚いた。驚かさないでよ」

「これって驚かす遊びじゃなかった?」

「そう?……そう、なのかな?」

間違っていない気もするが、同時に何かが間違っている気もする。

しかし、考えても分かるはずもなく。

「そうそう、さ、見いつけた」

「はい、見つかっちゃった」

素直に応じて、立ち上がった。


とんとん、と木の幹が叩かれる。

森に静かな音。

それから少しして、空を切るような風の音。

勢い良く、助走をつけて、木に突進。

途端、枝がぐらぐらと揺れて。

「うわわわわ」

ぼと、と落ちてきた。

それでも何とか着地して、頬を膨らませる。

「あっぶないなあ、揺らさないでよ」

「このくらいで体勢を崩していたら、忍者失格!」

次の瞬間、ぷ、と笑い声が漏れた。

「先輩の口癖移った?」

「移ったのかもね」

「いやだなあ」

そして今度は、大声で笑い声を上げた。


すたたたた、と森を駆けぬける。

駆け抜ける。

ひたすら駆け抜ける。

それから疲れて、一度止まった。

「ひ、ひきょー、だぞ」

息を荒げて文句を言ってみるものの、返事は返って来ない。

当たり前。

だが、そこにいるのは、わかっている。

何とまあ、面倒くさい律儀なのだろうか。

「かならず、つかまえるからな」

もはや追いかけ鬼になっているのだけれど。


ぴたりと足を止める。

息を殺す。

それから慎重に、慎重に足音を忍ばせて、横へと歩いた。

ある程度近づいてから、ためをして、一気に駆け寄る。

「あ」

「見いつけた」

「見つからないと思ったのにな」

苦笑しながら口を尖らせたので、悪戯っぽく笑ってやった。

「甘い甘い!」

範囲のぎりぎり、岩の裏。

甘いとは言ったけど、実際えげつない。


きょりろと見渡す。

ところどころに跡が見られる。

それを辿っていけばいい。

なるべく静かに、見失わないように。

少しして、対象を見つけた。

見つけたのだが。

「何してるの」

「あのね、ここに……」

「やっぱ言わなくていい。見れば分かるから」

はあ、とため息が漏れる。

隠れるの忘れてるだろ、と指摘すれば、ああそういえばとマイペースな返事。

まあ、期待するのはよそう。

先に集合場所に行ってる、と最初よりも満面の笑みで駆け出していった。

災難を被る彼に幸あれ。


「…………」

沈黙の呼びかけに、穏やかな息が返される。

「……寝るな!」

腹が立ったから、思いっきり蹴飛ばして起こしてやった。


「何ぼうっと突っ立ってるの」

「いやお前がなにしてんの」

「見りゃ分かるだろ」

「うん、分かる。言うのやめる」

諦めのため息を吐いた。

どうしてこんな単純な遊びでここまで疲れなくてはならないのか。

一癖も二癖もある、もしかしたら癖しかない集団の集まりだという時点で予測するべきか。

「も少ししたら行くから、先行ってて」

「ああ、うん。とりあえず、見いつけたー」

「あいよー」

投げやりな言葉を投げたら、投げやりな言葉を返された。

泣けそう。


「やあ、お疲れ様」

「……ええと」

「そろそろ出て行かないと終わらないかな、と思って」

「……気遣いありがとう」


「灯台下暗し、か」

「そういうこと。でもよく見つけたね」

「もうここしか残ってなかったから」

「そんなに走り回ったんだ。お疲れ様」

ねぎらいの笑顔が体に染みる。

ああ、全うな人って嬉しい。

「ああ、うん疲れた」

隠れていた場所は、意外にやらしいところだったけれど。

もういいや。

「さて、行こうか。みんな待ってるでしょ」

「うん」

帰ろう。


「はい点呼ー」

声が響き渡る。

並んで、向かって左から順番に手を上げ番号を言った。

「ぼくが一番だった」

「で、ぼくが二番」

「三番だった」

「一番鬼を振り回した四番」

全くだとため息混じりの文句を言ってから、続き。

「頭三人は大して変動ないな。五番」

「ぼく六番?」

「聞くなよ。七番?」

「お前も聞いてるんじゃないか、八番」

遊びそっちのけだった連中に言われたくない。

心の声はしまっておいた、続き。

「むしろ自主的に九番」

そうですね。

「意外性を狙ってみて十番」

「どこのどの部分が意外性?」

「ぼくが十番って時点でさ」

わいわいと雑談が始まる。

それを、ぱんぱんと手を打ち鳴らして終わらせた。

「はい、全員いるな。ぼくの勝ち」

「そうだね、ぼくらの負け」

「じゃあルールに従って、今日の食堂一番乗り権は誰のかは決まったね」

「ちぇ」

「また明日頑張ろう」

「そうそう、明日頑張ろう」

「そうだね」

「そうだね」

互いに励ましあう。

だってこれは、毎日の一回。

今度はまた明日。

明日もまた続く、今日はこれでおしまい。

「さあ」

「帰ろうか」

空は少しあかい。

夕暮れが近い。

みんなで空に向かって、声を合わせた。


「帰ろう!」


隠れん坊
(鬼さんだあれ)