「入門票にサイン下さい」

そう言って書類とペンを差し出した秀作に、昆奈門は思わず目を瞬いてしまった。

習慣に近くなっている、昆奈門の、医務室訪問。

常に薬品の臭いがする少々特殊な場でありながら、忍の学校としては似合わない

(それでも“この”学校からすれば当たり前なのかもしれない)、雰囲気を持つ場所。

昆奈門は、あの場所を気に入っていた。

なのでしばしの暇を見つけては、医務室を訪問させて貰おうと、

忍術学園に忍び込んでいた。

そしてそのたびに、彼はやってくる。

朝でも、昼でも、夜でも。

書類とペンを持って、サインを求めてくるのだ。

時には、お昼を食べていたのか、片手におわんを持って走ってくることもある。

一体食堂にいてどうやって来訪を感知しているのか、

昆奈門は全く以って分からなかった。

彼は、プロの忍ではないというのに。

いや、本職の忍ですら難しいことを、彼はやってのけている。

実際今とて、昆奈門はこれならどうだといわんばかりに、

彼が事務の仕事で多忙な隙を狙って入って来たのだ。

(その際、学園の外で偶然出くわした、割と顔なじみの保健委員の、

同級生君に情報提供して貰った)

だが、それでも彼はやってきた。

仕事をしていたのは間違いなかった。

秀作はその肩に、薪を背負いながら、

書類を差し出していない方の手でお茶の入っているらしい急須を持っている。

また、どうしてそうなったのか、雑巾を上に乗せた桶を頭にかぶっている。

何をしていたのか全く分からないが、とにかく忙しかったことだけは、わかる。

とにもかくにも、そんな状況でも彼はやってきたのだ。

いつものように、書類とペンを持って。

昆奈門はしばし考えてから、その書類とペンを受け取った。

「君はどうして私が来たのが分かったんだい?」

ペンを書類に走らせながら、昆奈門が聞く。

すると秀作は当然とばかりに笑った。

「これが僕の仕事ですから」

答えになっていない。

とは昆奈門は口には出さなかった。

代わりに別の問いを投げかける。

「これ以外にも仕事はあるんだろう?それをしなくていいのか?」

書き終えた書類を差し出しながらそう言うと、秀作は困ったように笑った。

「はい、今もたくさんあったんです。でも、ここは門ですから」

書類を受け取りながら、秀作は答える。

意味がよく分からなくて、昆奈門は聞き返した。

「ここは塀なんだが」

昆奈門は、正門でも裏門でもなく、塀を乗り越えて入ってきた。

門からは離れている。

「でも、学園と、外の境じゃないですか。

そういうのを門って言うんだと僕は思うんですけど」

確かにサインを確認して、秀作は頷く。

昆奈門は秀作の言葉に、確かに、と頷き返す。

秀作の言っていることは間違ってはいない。

確かに門とはそういうものだ。

だが、そこで普通は塀も、区切る境だと考えるだろう。

普通は、扉が、くぐる場所があるものを門というはずだ。

秀作は続ける。

「この門は、学園のみんなが出かける時に絶対通る場所で、

そして帰ってくる時にも必ず通る場所ですから。

僕は最後にみんなを見送って、一番にみんなを出迎えてあげたいんです」

それが僕にも出来ることだから、と秀作は笑顔でそう締めくくった。

しばし間が空いてから、昆奈門は小さく笑った。

自分が笑われたのだと気付いた秀作は、小さく頬を膨らませる。

「何で笑うんですか」

「いや、なに。本当にここは忍の学び舎らしくないなと思って」

昆奈門のその言葉に、今度は秀作が笑った。

「何を言ってるんですか、雑渡さん。ここは忍術学園ですよ?」

「ああ、そうだ、確かにそうだ」

確かに、秀作が言っている自体は、間違ってはいないのだ。

だが、また同時に、酷くおかしくもある。

昆奈門は笑い続ける。

意味が分からないながらも、秀作もつられて笑った。

それから秀作は何かに気付いたように、声を上げる。

「それじゃ雑渡さん、お帰りの際は出門票にサインくださいね!」

そう言って、秀作は走り出して行った。

おそらく、また誰かがやってきたか、もしくは外出するのだろう。

昆奈門は、その後姿を手を振って見送る。

それから本来の目的である、医務室の方へと足を進めた。

「いやはや、全く」

こらえきれないように、昆奈門は笑う。


「面白い学園だ」


男と、学園
(正論を言っているはずなのに、私がおかしいような気がしてくる)